第6話女帝と126.56と0.01

 生徒会長から依頼を受けた俺たちは、昼休みの廊下に立っていた。


「すみませーん、黒姫生徒会長の好きな人を当てた人知りませんか?」


 苺谷は質問し、両手でジャジャーンと背後を注目させ。

 生徒会長が少し手をモジモジとさせた後、恥ずかしそうに手を後ろへ回してぺこりと頭を下げる。


 そんな中、俺はベジータの如く壁に寄りかかり、何もせずに傍観していた。

 だって、少しでも手伝う動きを見せると、


「先輩はっ! そこで指でも咥えて待っててっ、ください!」


 このとおり苺谷に腕を掴まれ、意地でも静止させられるのだから。

 楽できるし、全然良いんだけど……そんなに廃部間近の部活へ入りたいもんかね。


「っえ、いや、知らないけど……お金が欲しいなら、それはその、聞けばよくないすか?」


 半分になった倍率を狙うため、回答を聞くために当てた奴を探るのはよくある話。

 目の前の男子生徒も金目的の質問だと思ったようで、本人がいるのに俺なんかへ質問? と言いたげな視線を向けていた。


「はぁぁぁぁぁぁあ??」


 それに対し、苺谷は全身を使って少しオーバーとも言えるため息を露骨に吐き、


「ぜんっぜん乙女心を分かってないですね! そんなだから賞金倍率1.71とか低いんっすよ」


 もう用はない、しゅっしゅっと邪険に手で追っ払いながら帰ってきた。


「ん、先輩どうしたんすか? 胸なんか押さえて」

「ちょっと……流れ弾が」


 集まってきた生徒会長と苺谷の視線を背中で流し、俺は窓の外を眺めながらスマホを取り出す。


 画面に書かれている自分の倍率は0.01、賞金に換算すると500円。

 そう、他人事のように聞き流していたが部室で聞いた噂話の人物は俺。

 自分より低い奴がいるなら知りたいレベルの低さ……だからさっきの男の1.71でも高い、十分高くなければいけないんだ。

 

 全くそもそもな、他人を馬鹿にするあいつの倍率はいくつなんだって話だ。

 反論する武器を手に入れる為にも、と賭け恋愛のアプリで苺谷の名前を探し、スクロールしてみる。

 

「あったあった……んっと、なんだ、たかが126.56か」


 この学校でのクラス分けは、

 ・生徒会などがいる、500以上のSクラス。

 ・モデルや俳優、インフルエンサーが多数いる、200以上のAクラス、

 ・地下アイドルや卵が出てくる、50以上のBクラス、

 ・クラスで可愛い方である10以上のCクラス、

 ・特出するものがない1以上のDクラス、

 ・そして俺のいる倍率1.0以下のカップルやモテない人たちが集まるEクラス。

 

 Bクラスか。小中と普通の学校へ通ったから分かる、2桁後半の時点で学校に一人の化け物だ。

 倍率が上がる条件は顔が良いってことだけじゃない。

 顔が良くても大抵は容姿の優れた・会話する異性の名前を入れれば、好きな人に設定されている可能性が高いから3桁前には潰れる。

 加えてカップルに一度でもなれば、そいつの倍率は1.0以下になるまで他人に食いつぶされる。

 だから3桁は惚れづらく、付き合ったこともない人間にしか到達出来ないユニコーンレベルの領域。

 


 それなのに……632万か。

 ——いや、たっか、高すぎるだろ! 19ぐらいかと思ってたぞ?!

 そりゃ、確かに明るく元気で、

 話が面白くない俺みたいな奴にも気さくで、

 間違いなく学校で上位レベルに可愛い女の子で…………あれ? 男を勘違いさせる要素しかないな。

 一体、こいつは何人のピュアで健気な、教室隅の孤独ハムスターを勘違いさせてきたんだ。

 先程まで可愛く見えていた苺谷の姿が、126人以上の屍が積み重なっている山にさえ思える。

 まぁ……隣には生徒会長という富士山みたいなもんが立っているんですけど。


「しかし……まじでこの学校にいるのか?」


 朝の後、生徒会長は学校の中に当選者がいるとはっきり答えた。

 でも賭け恋愛は余計な情報・混乱を与え、青春を邪魔するようなことは徹底的に排除している。

 だから自分が当選したかも翌日の通知でしか判明しないし、他の情報は大まかでも明かされることはない。

 この学校以外にも、他校、10万円さえ払えば大人だって当てる権利は手に入れられるからあり得る。


「私の家、ちょっと政治家たちにツテがあって……それで両親が自分の娘だしって、ね」


 独り言でつぶやいたつもりだったが、生徒会長には聞こえていたようで振り返り。

 困った親、そう言いたげにえへっと笑いかけてくる。

 

 ぜんぜん『えへっ』で誤魔化されるレベルじゃないんだけど、真っ黒な汚職じゃねぇか。

 しかも生徒会長本人も探し始めてるってことは、親から動いたことも信憑性が怪しい話だ。

 余計なことを聞いた。

 ただでさえ、少子高齢化対策で賭け恋愛と共に法律が一新され、未成年が関わる犯罪と性犯罪は重罰化したのに。


「そういえば、いつも周りにいた人はどうした?」


 納得したと装って頷き、誤魔化すために話題を変える。

 これ以上、首突っ込んだら冗談でも無く身に危険が及ぶ可能性がある。

 好奇心は猫を殺す、危なくなる前に逃げるが勝ちだ。


「あぁ、あの人たちね。褒美あげれば手伝ってくれるか聞いた途端、どこかへ行ったわ」


 思春期の男子に女の子から褒美。

 なるほど、生徒会長ほど綺麗な人の言葉なら必死にもなる。

 具体的な例も出してないから、あくまで内容を決めるのは会長本人でも嘘じゃない。


「策士だな」

「そんなに褒められることかしら?」

 

 俺の褒め言葉に生徒会長は不思議そうな顔で首を傾げ、


「みんな、思ってたよりお金に困ってるのね」


 トンチンカンな返答をしてきた。

 

 ん……本気で言っているのか? 恋愛をしたことない俺でも目的が下心って分かるぞ。

 そういや生徒会長といえば、テレビで異性に興味ない発言をしていた覚えがある気がする。

 学生どころか、教師たちより上の立場である生徒会長だから失念していたが…………もしかしてピュアなのか?

 仮にも高校生、枕営業やら大御所第一の厳しい芸能界を生きて来たのに無知なんてあり得ない。

 ならばさしずめ、

 知っていながら清楚という武器を体にまとう賭け恋愛の捕食者か、生徒たちを手玉に取っている女帝と言ったところか。

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