第2話間違えて押した憂鬱な日
ふぅ……とため息を吐いた俺は、右上にある説明事項をタップする。
『なぜ小学校高学年になる程、授業で挙手をしなくなるのか。
それは当たった、外れた所で利益が全くない事に気づくからだ。
恋愛もまた自分が選ばれなかった時に一切の利益がない——だからこそ、人は怖気付く。
プロジェクト【
第一次ベビーブーム世代の高齢化である2025年問題が過ぎ、迫り来る第二次ベビーブームの2040年問題に若者達が恐怖していた2035年。
何も解決しない少子高齢化に対する苦肉の策として、後がなくなった異次元な日本政府によって発案された政策の一つ。
義務教育卒業である高校まで、毎月1名だけ自身が好きな人を記名。
2週間に1度、他人の好きな人を予想でき。
的中ならば
賭け恋愛の投票権限が復活する日、それが他でもない今日なのだ。
「撮影の感想をお願いします!」
「あの、一言、一言だけでもいいですからッ!!」
騒がしい声が聞こえ、積まれた机の隙間から窓の外を眺める。
東京の都心に立っているここ『恋王高等学校』は、もっとも早く恋愛へ最適化し、モテる技術を授業に取り組んだ。
それゆえ顔の良い、金がある、さまざまなモテ方をした生徒たちが集まり。
下校時間にスカウトしようと芸能事務所の人だかりができる時もある。
しかし、今日に限っては暑苦しい生徒たち、それとカメラを担いだ報道陣が異常に多い。
その理由は考えるまでも無かった。
なぜなら、あの中で一際目立っていたの彼らでなく、真ん中に立っていた人物だったから。
「生徒会長、黒姫 莉乃……狙ってみるか?」
唯一、汗で下着が透ける白シャツを恐れもなく着こなし、夏なのに涼しさすら感じる制服姿。
スカートを滑り台のようにサラサラ流れる黒髪に、マシュマロのような白い肌。
苗字の通り、江戸の姫が転生したと言われても大多数が妄信、妙に納得してしまう美貌だ。
「次のNetflixドラマへ対する意気込みを教えてくださいっ!」
校舎の3階からグランド、これほど離れているにも関わらず威厳を感じる。
それほどの彼女が報道陣から待ち伏せられ、写真を撮られまくっていた。
やっぱり賞金倍率で価値が決まると言っても良い時代の中で、2年生ながら3年を押し退けて現在11人いる生徒会の頂点に立っている人は違うな。
「っま、『若者に人気なタレント』それをアイドルと呼ぶなら、俳優、モデル、歌手、声優もこなして間違いなくアイドルという単語が示す定義にすら手が届いている人物だ」
そういえば……耳にすることは多かったけど、生徒会長の倍率を一度も見たことなかった。
これを機会に見てみようか。
「ッ」
持っていたスマホに表示された大沢さんの名前を、会長へスクロール。
そこへ書かれた倍率は【12148.31】
いち、じゅう、ひゃく、せん……い、一万? えっと……スタートの1.00倍率で賞金5万だから、
「——6……6億ぅッ?! まじか、歩く宝くじかよ……ッばすぎるな」
仮に6億元手でカップル成立の手助けが出来たら10倍の60億。
この学校に限らず、他校の生徒や大人も10万も使って外して倍率が上がり。
莫大な倍率の目当てでさらに狙う奴が余計増える、そんな富のスパイラルの結果ってわけか。
嫌でも耳にしていたから、高いとは分かっていたけど……まさか、宝くじレベルだったなんて。
「しっかし、誰も当ててないから高額なんだ……金目当てなら狙うべきは本人なんかじゃない」
生徒会長、その背後でアヒルの子みたいに付いて歩く学生連中。
あの中には、間違いなく好きな相手を常に生徒会長へ設定している人がいる。
彼らは2週間に1回のチャンス、それを気晴らしでも暇つぶしでもいい。
運良く彼女の方が自分に投票して好意へ気づき、あちらから歩み寄ってくることを狙っているんだ。
当然、自分が生徒会長の好きな人に設定されてないことを確認した上の行動。
そんな分かりやすく、賞金倍率も2.5万や1.25万円な安牌で他の人が狙わない奴らこそ、当てたことがない俺が狙うべき獲物。
「ッく、名札が良く見えないな」
スマホのカメラを起動し、ピントを背後にいる男子生徒へ合わせる。
やっていることは盗撮まがい、だが写真を撮る訳じゃないからセーフだろう。
しかし、周囲にいた学生の名札をいくら拡大、確認しようにもボヤける。
ここでいくら時間を浪費したところで、無駄と理解した俺は部室を出る。
別に余裕はまだ2週間もある。
この期間内でイチャイチャしている男女、もしくは構ってほしくて悪戯する高額な倍率の子が見つかるかもしれないから焦ることはない。
「埃……か、こんな溜まってたのか」
廊下に出て、何気なく見上げた視線の先にあった部室の室名札。長らく掃除していなかったから埃や蜘蛛の巣が張り付いていた。
前までは掃除好きな先輩がやってくれていたが、俺だけになってからは全くしていなかったな。
「部活を……任せたって言われたのにな」
爪先立ちしながらハンカチで軽く室名札を拭き取り、ため息混じりに愚痴をこぼす。
『
ここは他人の恋愛を手助けし、少子高齢化を少しでも解消させるそんな崇高な志を掲げ、盾にしたサボり部みたいなもんだった。
一年のころはこんな俺を受け入れてくれた三年の先輩が数人程度いた……だが、卒業した今はもう俺しかいない。
ポツリポツリといた相談者も、寂れた部室と現状に逃げていく始末。
「まぁ……手伝う人には困らない世の中だしな」
自分の好きな人を明かし、手伝ってと言えばあちらも金が貰えてウィンウィン。しかも成功すれば10倍だ。
そんな中でわざわざ面白おかしく笑い、広めて台無しにするかもしれない変な部へ頼む人は少ない。
「っお、翔……?」
突然、背後から聞き覚えのある加納の声ともう誰も呼ばなくなった名前に心臓が跳ねる。
「お前……その、誰に賭けるかはもう決めたか?」
っなんで、なんで戻ってきたんだッ?
いや、100歩譲って戻ってきてもいいけど、話しかけるか? 気まずいだろう。
ってか、やっばッ。持っているスマホに俺と生徒会長の名前が表示されたままだッ!
会話したことある女の子の中から両思いを探る訳でもなく、無造作に、手当たり次第に。
とりあえず有名人から、自分が好きな子を探してる痛い奴と思われちまう。
「っあ、いや、まだ決めてない」
背後へスマホを隠し、咄嗟に顔を振る。
「っはは、別に隠さんくてもいいってぇ、見ねぇからよ」
へらへら笑っている加納。
しかし、その表情から信用されてないんだなと感情が漏れ出ていた。
信用はしているさ、もっとも誰かに面白い話を求められたら喋っちゃう人間って方だけど。
でも反射的に隠しちゃったけど、笑われて仲が戻るかもしれないってなら……安いもんだったかもしれない。
「別に見ても構わなッ——」
「ん、どした?」
背後から戻した時、スマホの真っ白い画面と文字が目に入る。
それが示す事実に気づいた俺は膝からゆっくり崩れ落ち、天を見上げた。
「んー、画面が受け付け完了ってなってけど……もしかして誰の名前も入れなかったのか?」
「ぅぅぅぅぅゔッ…………そんなところ」
スマホを拾って画面を確認した加納は、声にならない後悔を叫ぶ俺の肩を叩いて「どんまい」と慰めてくる。
分からない、分からないが、間違いなく生徒会長から名前が変わっている可能性は低い。
話したこともない、認識もされてない俺のことが好きな確率なんてゼロ。
「終わりだ……また他人がゲーム機を買ったり、遊びへ行った話を聞かされる2週間が始まる」
せっかくこだわりを捨て、稼ごうと思った結果がこのあり様。
くっそ……これなら挨拶で笑ってくれた大沢さんに大人しく設定しておけば良かった。
ごくっと覚悟を決め、すがるような目で加納を見上げ『金をかして』そう言おうとした。
「ぁぁ、悪りぃけどよ……ちょっと、友達待たせてっから行くわ」
けれど、その矢先。
加納のスマホへ通知が鳴り、助かったとばかりに表情が出る。
そして俺の手へスマホを差し込んで返すと、そそくさ逃げるように立ち去った。
「はぁ………………やっちまったもんはしょうがない。気分変えてこう」
窓の外から聞こえる部活や帰宅中である学生たちの楽しげな声。
誰もおらず、宇宙と勘違いするほどに静まり返った廊下。
とても対照的で虚しさすら感じるその場を、俺はゾンビのように立ち上がっとフラフラと帰路へつく。
やだなぁ………明日は学校中で盛り上がりに盛り上がって騒ぐ金持ちとカップル。
それと俺のように外し、心を無にした屍たちで一杯なんだろうな。
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