第33話冷めた恋心なら血炎を灯そう

 後ろ髪をチョロチョロと指で遊ばれ、優しく首元を撫でられる。

 加納は訳も分からず「ちょっ、お姉さんやめてくださいよ」などと呑気に楽しんでいた。


「やけに誘導してきて怪しいと思ってたが……天野、まさか股濡らして飼い主を変えていたとはな」


 その反応を見て、加納の下についていたわけではないと判断したのか。

 お姉さんは「お前か」とリンゴを握りつぶせそうな目力で俺の方へターゲットを絞ってくる。

 そろそろ限界だと気配で感じていたが……タイミング最悪だな。


「やっだなぁ、ネー。脅されて仕方なくに決まってんじゃんー」

 

 ヘラヘラと笑いながら、こっちに近づいてきた天野は「ほら、老けるよ?」と煽りにも捉える言葉を放ち、手を伸ばす。

 しかし、次の瞬間には勢いよくパチンっと良い音が響いた。


「……?」

 

 まさか、手を叩き落とされるとは思わなかったのか、宙で静止した左手を眺める天野。

 少し状況を理解した彼女は「は?」と冷笑し、ガッと両手の中指を顔の前で立てた。


「ふぁっきゅーっ!」

 

 それにしても……股を濡らすとか、下品でもっとオブラートに包んで欲しいものだ。

 こっちは倍率底辺でも思春期な男ですよ。

 性別関係なく女だって注目する単語に、天野の下半身へ目線が吸い寄せられない訳がない。


「なぁにぃ、確かめるぅ?」


 そのことに気づいた天野は中指を立てるのをやめ。

 俺を試すかの如く悪魔な笑みを浮かべ、スカートを太ももの付け根までたくし上げる。


「ッえ、なにこのビッ……エッ…………女の人ッ!」


 少し興奮気味に言葉選び、隣の加納は最終的に性別へ着地する。

 そこまで言ったなら口に出しても変わらないと思うよ。

 

『ネジ外れても上品に見せる感情ぐらいはあるだろうから……惚れた訳じゃねぇのか』


 ギリギリ発音しない程度に口元を動かし、俺を眺めるお姉さんは「ッフ」って微笑を浮かべた。


「随分とをしてくれたじゃないか? ガトー」


 ガトー……俺のことを言っているのか? また変なあだ名だ。

 今、話しかけられている内容は生徒会長の当て馬にされたことか? それとも自分の部下を脅したこと?

 どちらも褒められるほど複雑ではないが、オーバー表現することで怒りを伝えてきてるな。

 言葉選びを間違えないよう、そんで俺が主導ではなく生徒会長の方だと案に伝えなきゃ。


「それほどじゃないですよ」

 

 少し否定するとお姉さんは「またまた」と首をトントン叩くと加納へ向き直る。

 あぁ……こいつも人の話を聞いてくれない人間か。


 目の前の馬鹿が喋ってこなければ脅さなかったし、生徒会長が俺を巻き込まなければ当て馬にもされなかった。

 手の込んだというよりは、行き当たりばったりすぎる。

 

「おいっ、ハゲよく聞け」


 鼻歌を歌いながら地べたにあぐらをかいて座り、ゆらゆらと揺れる天野。

 どちらかというとその胸に釘付けになっている加納の頭を優しく撫で、お姉さんは自分の話に注目させる。

 

「デートは続けろ。めちゃくちゃにするなんてことは許さない」

「っえッ?! きゅ、急に現れてそんなこと言われても……好きじゃないんですよ」


 初対面だけど言って良いのか、と加納は迷っていた。

 どうせ、さっきの会話はほとんど聞かれている。今さら困ることなんてないのに。

 

「こんな状態で付き合ったら失礼というか、生徒会長に申し訳ないんで」


 まるで許可を求める犬のように俺を見てくるので頷き。加納は端的に拒否した。

 

「馬鹿か、自分の好きな人でイメージしろ? 告白するだろ、付き合えるのと付き合えないならどっちが嬉しい?」

「そりゃッ、付き合える方ですけど!」

 

 ハッとした加納に、お姉さんは物分かりの良い犬へ触れるように頭を撫でる。


「付き合うのは生徒会長のため、だから楽しむだけ楽しんで飽きたら別れればいいってことっすか? 我慢した分だけ楽しむ的——ッイ」


 拍手しながら「クズだぁ」と楽しむ天野に、お姉さんは笑顔のまま加納のツルツル頭を、メキメキ聞こえそうなほどにワシづかむ。

 知らないとはいえ……またとんでもないことをとんでもない人の前で言ったなぁ。

 

「つまり申し訳ないなんてのは言い訳でお前の感情なんだよ。例えどんな形であれ、知らなきゃ付き合えたら嬉しいもんだ」

「いや……別れるとか楽しむのは冗談、冗談です」

「嘘で始まり、バレないよう過ごすうちに信条となり、死んで本物になることだってある」


 加納の話は何一つとして無かった前提のように自分勝手に話し続けるお姉さん。


「そっか、そうっすね……根本的に俺が嫌だからって理由を生徒会長のためとかって取り繕ったらダメっすよね」

「そっ、お前の問題。だから簡単だ」

「もしかして何か、方法があるんですか?!」


 簡単……?

 もしかして、誰も悲しませないハッピーエンドな方法をお姉さんは思いついたのかッ?!

 仮にも生徒会長の親の部下、彼女らの方法で失敗したとしても俺らが責任を取られる訳がない。

 それならそれで安心して、任せることができ——、


「我慢しろ、相手の子を悲しませないことだけ考えろ。大丈夫、結婚生活もとどのつまり我慢と妥協の日々だ」


 その言葉に加納と俺は固まる。


「大丈夫、付き合ったことが幸せって感じる程度に貴様の『日常』を破壊する」


 スラスラと価値観・人格の破壊を名案げに語り、指を振って話すお姉さん。

 カジュアル拷問などという言葉が生徒会長から出た末端に触れた気がした。


「幸せはそれで手に入るとして……後は性的興奮か? それも身体に刻んでやるよ」


 生徒会長が好きな演技、求める仕草を日常的にしろということ。外面を偽物の感情で作り上げて死ぬまで嘘に塗れろってこと。


「知っているか? 『告白』と『生命の危機』どちらのストレスでも、人が分泌するのはアドレナリンとノンアドレナリンで」

 

 ふと、モテる為だけに女の子へ顔や仕草を繕った茶髪が脳裏をよぎる。

 ありのままじゃモテない事ぐらい、成長した俺には理解出来る。

 それでも偽物の感情が本物の感情を否定することが正しい、なんてだけは未だに納得いかない。

 好き、愛している。

 何も知らない生徒会長との幸せな日常の裏に、どれほど加納の憎悪が込められた日々を送ることになるんだ。

 

「陰茎、ペニスは生命の危機でも勃起する。これはつまり…………神は興奮しない奴は殺してでも興奮させろ、そう言っているよな?」

『っパチン』


 お姉さんが指を鳴らした瞬間。

 

 天野が跳躍し、束ねていた髪の毛から金属製の鋭い櫛を取り出す。

 それは綺麗な青空を映し出すほど研ぎ澄まされた刃。

 そのうえ捻じ曲がり、穴が空き、細いながらに皮膚を引き裂く、殺傷能力だけを高めたような形状をしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る