第32話恋遊舞踏破壊依頼

 めちゃくちゃ……聞き間違いじゃなければ『めちゃくちゃ』そう言ったか。

 生徒会長が自分のことを好きで、そのためにお膳立てまでしている上でひっくり返すのか?

 そんなのことと次第じゃ絶対にただで済まないぞ。


「加納、なんでた? デートに誘われてあんな嬉しそうに喜んでただろ」


 分からない、喜んでいる以上は両思いだったはず。

 血迷って自分が好きか分からなくなっているから? 恋を聞いてきたのもそうゆう理由か。

 一時の気の迷いなら……まだ思いとどませられる。


「生徒会長と付き合えないのか?」

 

『生徒会長』『苺谷』と曖昧なデートはまだ成功の想像はできるが、流石に破壊行為まで無理だ。

 どっちかを選べば、もう一つの方は捨てなければならなくなる。


「いや……普通に付き合える。なんなら告白されたら喜んでオッケーする」

「ならいいじゃ——」

「良くねぇッ! なにひとつ……何一つ良くなんかねぇんだ」


 初めて聞いた加納の重く、肺まで届く重圧な声に喉が引っ込む。


「翔……俺は昔から流されやすい人間なんだ」


 それぐらい分かるだろ、そう投げかけてきた目線に黙って頷く。


「チョコミントが好きでも歯磨き粉だと馬鹿にされれば乗っかる。昔からそんな優しい奴だってことは分かってる」

「優しい……? 中学からお前が倍率0.01で馬鹿にされていたのは知っていた」


 まぁ、疎遠だったとはいえ有名人ではあったから、どこかで耳にするぐらいは驚くほどでもない。


「俺は…………一緒になって馬鹿にしたんだ。部室で久しぶりに会話した後もだ」

「そう……か」

 

 本音では無い、そう考えることもできるが、打ち明けるということは罪悪感があるのだろう。

 それが嘘から来るものか、本音から来るものかは本人しか分からないが……言わないってことは後者か。


「っまぁ、付き合いの中でそうゆうことを言わないといけないこともあるだろう。お前は人気者だったし」


 心の中で傷つきながらも顔には出さず。

 加納か自分へ納得させるためか、どちらか分からない言葉を話した。


「上面はいい、分かるだろ? 俺は優しくない、簡単に意見を変えるほど弱いんだ」


 先ほど買った垂れ耳のカチューシャ、一度も頭に付けていないそれを横目に加納は続ける。


「流されるまま雰囲気で滑った滑り台。最初は周りの空気を感じながら、右に左にツルツルと気持ちよく滑ってたんだ」


 左腕を滑り台に見立ててベンチに伸ばし、その上で右の手のひらを流す加納。

 その身体は未だに震え、何かに怯えていたようだった。


「でもコロコロと送り出していたローラーは、いつしか鋼鉄のヤスリになって身を削ってた」


 そして左指に差し掛かったところで思いっきり爪を立て、右手のひらの薄皮が剥がれるぐらいに引っ掻く。

 少し遅れてその右手をさすり、少し後悔し始めたのか痛そうに軽く笑ってきた。


「翔……生徒会長にデートを誘われてからのさ、俺の会話を思い出してくれよ」

「デートに誘われてからの会話? なんでだ?」

「お前なら分かるだろ、多分だけど」

 

 そう言われ、仕方なく俺は瞼を閉じ。

 これまで加納が笑顔で語っていた内容を必死に思い出す。

 それはつまり、これまでの会話の中に生徒会長を振るヒントがあったわけか?

 

 流される事が苦痛になっている加納、その事が垣間見える言葉……?

 小中は除外するとして、最初に会ったときも生徒会長との関わりはない。

 泣きついてから部室に来てから、デートまでの発言の中にある——。



 

『っふはっ、っぱそう思うか? そうだよな、それしかあり得ないよなっ!? やべー、みんなに羨ましがられちゃうな』

『翔……来る途中で付き合ったらさ、周りに祝福されてキャーキャー言われる事とか考えてたわけよ』


 

 

 みんな……周り、これまでの会話で気になる単語といえばそれらだが、合っているだろうか。


「そうだよ、俺が想像している先にはいつだって周りがいて……生徒会長と二人だけでいる未来なんかないんだよ」

「あぁ……そうだな」


 分からない。

 周りに祝福されている光景を想像することの何が悪いんだ?

 それを考えて結婚まで行くカップルだって多いはずで、家族や仲間受け入れられる立派な恋愛のはずだ。

 加納はそれの何が気に食わないんだ。


「メガネでよく分かったよ。このデートで生徒会長が身バレして『俺が彼氏』だってチヤホヤされる、そんなことしか考えてないんだ」

「ごめん、変な質問かもしれないけど、それの何が悪いんだ?」


 俺の質問に加納は一瞬だけキョトンっする。

 けれど、少しすると頭を掻きながら「そうだな、言わなきゃ逃げだ」と何やら納得げに頷き始めた。


「生徒会長の取り巻く環境しか考えてない、彼女の単体は見てすらいない」


 そこで初めて加納は真正面から俺を見据え、意を決して話始める。


「惚れてない、惚れてなんかいない。登録している好きな人だって他の生徒会だ。でも、告白を受けたら……きっと俺は受け入れる」


 いつのまにか真新しい爪の跡が増えていた右手を顔の前へ持っていく加納。

 それはもう震えてなどいなかった。

 

 というか、加納は生徒会長が好きな人じゃなかったんだな。

 想像したのは、周りには幸せだと言われるまま付き合って、別れることもできずに人生を謳歌する自分。

 そして結婚、出産、定年、入院と流れ、死を直前にして肥大化する。

 ——自分の『幸せ』が、いつのまにか周りの『幸せ』に侵食されていた後悔が。


「生徒会長と付き合った後の愉悦や権力に。俺のみみっちぃ愛は、プライドは負けてしまう」

 

 そしてそれは、あくまでハッピーエンドの場合だ。

 加納は半ば自己分析がちゃんとしているから、幸せなのだと死の直前まで自己洗脳することはできない。

 部屋で二人にいる時、ふとなぜ生徒会長と付き合っているのか、分からなくなって浮気や暴力に走る可能性すらある。

 

 嘘が真実になる、そんな未来は訪れない。

 付き合うにしろ、生徒会長の部下に知られるにしろ、どっちにしろ辛い人生が待っているか。

 

「分かった、なんとかしてみる」


 なら生徒会長には悪いけど、楽しいデートはお終いだな。


「ぅ……マジで? 自分でも変なこと頼んでるって分かってるけど、やってくれるのか」

「できる限りのことはする、お前は楽しい会話をしないことだけ気をつけてくれ」

 

 しかし、問題はどうやって終わらせるかよなぁ。

 俺がめちゃくちゃして悪役になったところで、生徒会長が加納へ告白しては無意味。

 苺谷は金がかかっているから、意地でも生徒会長の味方をするだろうしなぁ。

 なら、もう——。


「よぉ、デートをめちゃくちゃに、とか面白い話してんじゃねぇか。テメェら」


 背後から聞こえたドスの効いた女声に、俺と加納の間から青い物体がぶっ飛ぶ。

 ズザーっと削る音の後に土埃が舞う。

 その中に片手をついた朧げな人影が見えた事で、ようやく人が吹き飛んできたと理解する。


「ヤっべぇー、激おこじゃんかよ」 


 そして粉塵の中きら薄っすらと乱れた赤髪が揺れ、呑気な声が這い出た。

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