第31話加納の『たのみごと』
ジェラシックパーク。
最初は映画の要素なんてない、そう思っていたがのんびりと恐竜観光、アクシデントが起こってスリリングに脱出。
原作リスペクトのある良いアトラクションだった……最後の下り坂さえなければ。
「なぁ……俺の手、ビクビク震えているけど壊死してる訳じゃないよな? これ」
もちろん、これは恐怖からの震えが終わった後も続いているとか、そんなチキンな理由ではない。
出口付近のベンチに身をゆだね。
俺は細かな指跡の残る青ざめた両手を、深い意味はないが原因である二人へ見せつける。
「ご、ごめんなさい……想像以上に怖くて」
隣に座っていた生徒会長は空を眺め、放心状態でボソボソと力なく謝り。
「せんぱい、空が見えません……邪魔です、ゲロります」
俺の膝を枕に横たわる苺谷は、ぬいぐるみを抱きながら鬱陶しそうに手を跳ね除けた。
ゲロで脅してくるとか、可愛げのかの字もないし、太々しい後輩。
実際、表情は青ざめており、虹の噴水を吹き出してもおかしくないことを物語っているんだからタチが悪い。
「ふぅぅぅぅ……頭がスッキリしてきた。思ったより楽しかったな! 次はどうする? フライングダイナソー?」
ノックアウトしている姿を見られないため、手持ち荷物を取りに行かせていた加納。
彼は清々しい顔で戻ってくるなり、パーク内でも一段と目立つ、近くのジェットコースターらしきものを指差した。
レールの長さ、ひねりの複雑さ、高さ、一目見ただけでUSJ内No. 1の絶叫と分かる。
おいおい……平気そうな顔しているけど、指が震えているじゃん。
もしかして全員我慢して乗ってただけって気づいていないのか?
「っえ、えぇ……行きまし——」
「お、俺ちょっとお腹空いたからどっか、ハリーポッターのところにでも行ってご飯食べない?」
脳死で加納に付き合おうとする生徒会長の言葉を遮る。
冗談じゃないっ!
誰か楽しんでいるならともかく、全員が全員、外面のために我慢して損するものに乗る必要はない。
「そ、そうかー? 10時半で少し早いけど、人混みが少なくて丁度いいかもな」
加納が話している最中にも、二人から安堵の吐息が漏れる。
三者三様に『恋』『金』『命』『プライド』の四つが混ざりに混ざっているってところか。
金の苺谷はともかく、生徒会長や加納はどうせ頑張っても付き合ったらバレるんだから嫌ならバスすればいいのに。
でも恋は盲目、甘酸っぱい青春とはこうゆう『後の気づき』なのかもしれない。
それに付き合ってから判明したら、それはそれで良い笑い話になるか。
壁、天井、階段、テーブル、椅子、もはや灰色な木でできてない素材を探す方が難しいレストラン『三本の箒』
「せーんぱいっ! はい、あーん」
「——ングっ」
そのうちの一つ、ガチャガチャと食器音が鳴るテーブルへ座った俺は。
微笑む苺谷から、嗚咽しない程度に喉の奥を骨付きのもも肉で攻撃された。
なんちゅう手慣れた陰湿な嫌がらせ……あと数ミリ奥に入ってたらはき出していたぞ。
「ッハ、ハハハッ!」
いいだろう、そっちがやる気なら俺もやってやろうじゃねぇか。
肉を食いながら奇笑をあげ、残っていたモモ肉を手に取って苺谷へ突きつける。
「苺谷ぃ、俺もあーんしてやる」
ほらっ、食べろ。
生徒会長や加納も見ている手前、食べる以外に選択肢なんてないだろ? イチャイチャを醸し出すためにも。
「いや、要らないです」
けれど苺谷の唇に肉は塞がれ、俺の太ももに鋭い痛みが走る。
何事かと下へ視線を向けると、俺をつねっていた苺谷の指が向かいに座っていた二人を指差す。
「食べ、ないの?」
「悪い……そんな気分じゃないんだ」
加納に食べさせようとしたが、拒否された生徒会長は少し頬を膨らます。
加納はどこか上の空になりながら受け答えをしていた。
なんだ、この冷めた空間は。
今頃キャッキャと「私たちもやってみる? キャピ」って恥ずかしがりながらも食べさせ合う展開じゃないのか。
なら、どうして加納は他人事のように何もしていないんだ?
『原因わかる?』
『知らない』
気づいていない演技をしながら、お互いの太ももに字を書いてやり取りをする。
加納はカップルになるための協力者、成功するために理想的なプランを支えてきたと知っているはず。
だから俺らの行動は何も間違ってない。
唯一ノイズがあるとすればジェラシックパークの時——。
一つの考えが浮かんだ俺は力強く指を苺谷の太ももに押し付けて字を書く。
『前のアトラクションの時、生徒会長は加納の手を握ったか?』
『みてない!』
くっそ、俺ら二人とも緊張状態で余裕がなかったか。
苺谷が仕返しの如く、爪を立てながら俺の足に字を刻むが無視だ。無視。
もし生徒会長が良いところを見せようとして俺の手だけを握り、その光景を加納に見られたとしたら?
それで加納が前向きではない理由に合点がいく。
「なぁ……中田、黙ってるけど具合悪いなら俺が付き添おうか」
加納が俺を見ながら言ってきた言葉に、苺谷が足で突き『行け』と指で書いてくる。
わざわざ言われなくてもわかる、指摘するなら苺谷と『二人』で呼ばれなければ可笑しい。
その上、中田と呼ばれた。
「ごめん、お願いする。荷物見ててくれ」
つまり、これは俺を呼び出すための口実。
あぁ……今度こそ、俺は殴られるんだ。
「ふぅ……ありがとな、翔」
ベンチの背に腕を広げ、俺のテリトリーまで侵食してリラックスした加納。
その目はパーク内を回るカップルを見ては、別のカップルへと映っていた。
「いいさ、何か言うことがあったんだろ」
なんだ……?
てっきり殴られるのかと思ったが、その目から敵意は感じられない。
なら、わざわざ俺を呼び出した理由ってなんだ?
大丈夫かな、あの二人に聞かれたらまずい事じゃなければ良いんだけど。
「あぁ、俺が俺であるために必要なこと頼みたい……って言ったら少し厨二病臭いか?」
照れたような笑い、はにかんで横目で少しだけ視線をよこす加納。
「いや、良いと思う」
なるほど、理解した。
加納は少し前に質問した恋、その質問の後ろに隠れていた意図を相談しようとしている。
そして妙に盛り上がってなかった原因も、手を繋いだとかではなく『それ』が原因。
しかし……頼み事か。
「別に乗り掛かった船だ。構わない、なんでも任せろ」
加納はほっとしたように小さく息を吐き、自分の左手を顔の前に持っていって眺める。
「お前……」
そこで俺は初めてその手が小刻みに触れ、赤い爪痕が無数に残っていることへ気づいた。
俺らに見えないところで、緊張を隠そうと我慢をしていたのか。告白しようとして!
「情けねぇよな……ビビりすぎっていうか、俺らしいっていうか」
加納は唇を強く噛み締めると、その左手をそのままベンチへ叩きつけ。
周囲を歩いていた無数の視線が、一斉に俺たちへと少しだけ集まる。
「いや、かっこいいぞ」
これだけ緊張しながらも、男らしさを演じるために平然を装ってデートへ臨んだんだ。
これを笑う奴なんかいたら、俺はそいつを殴るだろう。
「はっはは……これがカッコよくなんかねぇことぐらい、俺が一番よく分かっている」
ジンジンと内出血を起こす左手の下部をさすりながら、加納は空を見上げる。
「これから俺の言葉は二転三転するかもしれない。いや、きっとする」
その表情は小学生から今までも、見たことないぐらい真剣で。
まるで自分から死地に飛び込む、そんなただ成らぬ覚悟を決めた強い意志を感じ取れた。
「でも今話すことだけが本音・助けると思って遵守してくれ」
そっか、もう加納は生徒会長へ告白して、正式カップルになるつもりなんだ。
ん、早くない?
いや、でもまぁ……デートって好きな者同士でやるものだろうし、これぐらい普通なのかm——
「このデートを、めちゃくちゃに破壊してくれ」
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