第34話用が済んだなら

 加納がまばたきした瞬間を狙い。

 天野は腹部に視線を寄せ、脚部の筋肉へ力を入れ始める。

 近年は物騒だから電車乗車時のX線荷物検査や金属探知機、ボディーチェックは俺もされた。

 でも、それで注視するのは大量殺人が起こる危険物だけで検査は簡易なもの、犯罪の抑止力がメイン。

 かんざしは実に日本らしく、危険物としてカウントされなかったか。


「たのむ、やめてくれ」


 届くかも分からない求願に天野の視線が流れ、目が合う。

 そして彼女は少し驚いたようで瞳孔が開く、


「——ッ」

 

 細かい動きも見逃さないように注視していると、次第に天野は顔を両手で掻き、指の隙間から歪んだ表情で睨みつけてきた。

 これは、怒っているのか。

 

「KillyouTuerMatarTötenUccidere殺すУбить杀了你죽이다」

 

 天野と目があってから4.23秒立ち。

 どうするのかと思っていると早口で外国語を呟く。

 幸運にも思い直してくれたようで、武器を自分の髪の毛へ留め直し。


「あっぁぁぁぁぁぁぁぁァァァァァァァァっ」

 

 奇声を上げ、どこかへ走り去ってしまう。

 はぁぁぁぁぁ…………良かった、反射神経だけ生まれつき良くて助かった。

 人生、何が役に立つか分からないもんだな。


「っな……あいつが」


 明らかに尋常じゃなかった。

 それなのにお姉さんはなんとも思ってないどころか。

 口に手を当て、若干感動すらしている様子でどこかにスマホを使って連絡をとり始める。


「あの、あの子、急に奇声を発したけど大丈夫ですか?」


 他のことに注意していたか、気づいた上で優しいのか、加納は心配そうに天野の行方を追う。

 

「ん……ま、デザートを取り上げられたら誰だって大声の一つや二つ出したくなるだろ」

「デザート? 翔、持ってたか?」

「お前だよ」


 お姉さんに指差され、キョトンと間を置いた加納。


「っえ、俺を食べようとしたってこと? さっきも誘惑してきたし、そうゆうことなんですか? モテ期、モテ期なのか?!」

 

 そんなわけないだろ、と興奮気味に鼻を鳴らして早口で話す加納を俺は冷めた目で見ていた。

 けれど、言われてみれば確かにそう捉えられなくもない。

 あの股を濡らしたと言われてたくし上げたのも、加納を誘惑するためで。

 俺の方を見ていたってのもただの勘違い……あり得ないな。現実逃避はやめよう。

 

「食べ物の恨みは怖いって言うし、特にあの子は犬ならピッドブルだ。刺されんなよ」


 お姉さんは肩をトントンと叩き、慰めるかのように微笑んでくる。

 これは邪魔した俺への当てつけの冗談? それとも本心か?


 いや、今はそんなことどうでもいい。

 重要なのは生徒会長の親が『娘を一瞬たりとも悲しませたくない』と願い。

 たとえそれが嘘で偽りだらけの生活だったとしても、許容していることだ。

 

「生徒会長の親は心通わせて幸せな未来があるかも知れないのに、騙しても問題ないんですか?」


 じっと俺の目を見つめ、お姉さんは胸の間から輪ゴムを取り出して口に挟む。


「あぁ? んぁ…………そうだなぁ」

 

 その間に自分の後ろ髪を束ね、ポニーテールにしたお姉さんは気の抜けた声を出す。

 そうだな? 肯定、あるいは悩んでいる、どっちだ。


「お前、生徒会長は可愛いと思うか?」


 目を右上にくばり、髪を止め終えてポニーテールにすると彼女は意見を求めてきた。

 確か、眼球が左上を向く時は過去に関する右脳を使う時で、逆は未来を考える左脳。

 先のことを考え、加納以外にもモテるか俺に意見を求めているのか?

 

「それは好みの問題もあるから参考にならな——」

、に聞いとんや」


 責任をなすりつけられないよう、回避しようとすると喉ぼとけを撫でられ。

 ねっとりながら鼓膜をぶち破られることを想像させる声色。

 息が耳元にかかるほど近いはず、なのに香りが全くしない。

 

「めっちゃ……可愛い、です」

 

 圧力に屈した俺は率直な意見を告げ、お姉さんは「そかそか」と満足げに頷き始める。

 そもそも可愛いかどうかなんて、賭け恋愛の倍率が全部物語っているじゃないか。

 わざわざ確認する必要ないでしょうよ。

 俺は0.01でモテない、そして生徒会長は6000代でめっちゃモテる、それが事実なんだから。

 

「ならいいわ、こんなハゲ」


 何かを企むような微笑を浮かべるお姉さん。


「もともと気に入らなかったし、脅しで付き合わせても幸せって言えねぇよな?」

 

 再び暴挙に出ないとも限らないその一挙手一投足を、俺は見逃さないよう注視する。

 

「ただし、悲しませる条件は二つだ」


 お姉さんは「ってか、この人誰なんだ?」と聞いてきた加納の顔を、無理やり振り返らせられる。

 二つ……言ってる人が人だけに、喉が鳴って身構えてしまう。

 

「一つ、この不毛なデートはお終いだ。時間の無駄でしかないと分かったからな」


 けれど、人差し指を挙げたお姉さんから出た言葉は想像以下だった。

 どっちみち加納の願いを聞くとデートは終わりだし、この条件は無いようなもんだな。

 それにお姉さんが終わらせてくれるなら、生徒会長も渋々納得してくれ——。


「二つ、デートの終わらせるを告げるのはテメェで、1対1でなければいけない」

 

 お姉さんは俺の顎を掴み、頬に指を食い込ませながら微笑んできた。

 え……俺?

 いや、いやいや……そんなわけない。

 あー、この期に及んで間違えたのかな? おっちょこちょいだな。


「お姉さん? 間違えてますよ、デート相手はそこの加納ですよ」


 苦笑いしながら加納に差した指を、


「ッイッテェ!」

「何も間違えてない、笑顔で嬉しそうにデート終了を告げてこい」


 グッと掴まれて無理やり自分の方へ曲げられた。

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