第35話こだわり
「っくぅぅぅぅゔ」
ジンジンと痛む人差し指を抱き抱え、原因。睨みつける。
なんでだぁぁっ?!
間違っているだろ、何もかもが間違えているだろ。
なんでデート相手の加納でも、言い出したお姉さんでも無ければ俺なんだよ。
もしかしてあれか? お姉さんも生徒会長が怖いってことか。
だから恨みを一番俺が買うように『嬉しそう』って条件をだした? 結局、当て馬じゃねぇか。
「なぁ、ハゲもその方が嬉しいよな?」
同意を求められた加納は「へへっ、頼みます」と縦に頭を振る。
「はぁ……終わり、か」
苺谷に股間を蹴られてから始まったデートを少しだけ思い出す。
入り口で変なグッズを買い、
ジェラシックパークエリアで全員苦手なのにアトラクションへ乗車、
気分転換にハリーポッターエリアで昼食。
部室で苺谷へ怒った時と同じく、それまで願ってた願いが叶ったのに心が重い。
身体の水分が抜け落ち、無数の穴が空いたスポンジのような損失感。
そこへ滲み出た血液が染み込み、全体に広がるような気だるさ。
「分かった、苺谷には俺が連絡しよう」
過去に似た感情を感じたことはある。
加納としばらく話さなくなった時、そして先輩たちが卒業した時だ。
『デートは終わりだから、一人で出てきてくれ』
つまるところ、これは一人だけの生活に戻るのかという寂しさ、孤独感だろうか。
しかし、決定的に違うのはその事態になる前段階では『その結果』を願ってた点だ。
「あぁ、なるほど、全部バレたんですね」
場所を伝えて来た苺谷はすぐ状況を察し、俺はかい摘んで説明する。
「あぁ……じゃ、もう私は帰っていいってことですよね?」
「ん? いいのか、生徒会長のデートを頼まれてたんだろ?」
万が一、金が貰えなかったらどうする。
そう、ごねるかと想像していたがあっさりと苺谷は引き下がる。
「デートはサービスで、言葉通りなら先輩を連れてくる時点で終わってますし」
ポチポチとぬいぐるみを片手に帰りの電車や、これからの予定をチェックし始める苺谷。
その表情からは、それまで見せていたような気やすさは感じられない。
あくまでデートを穏便に済ますためな態度でした、そう種明かしをされている気分。
「そんな見てきてなんですか、もう帰りますから」
俺の視線に気づいた苺谷は、冷たい横目でチラッと眺めながらテキパキと帰りの準備を始める。
「おい、あいつら喧嘩してたのか? 演技派だな」
「わ、分からないっすけど、そうみたいっすね」
なんでこんなに雰囲気が悪いんだ、と空気に徹している加納とお姉さん。
「な、なぁ」
声をかけると少しだけ苺谷の目がこちらを向き、
「っあ、安心してください。私はもう部室にも顔出しませんから」
と思い出したように軽く言ってきた。
実のところ、時間が経ったからやんわりと仲直りしたのではないかと思っていた。
でも、苺谷は苺谷で心の中でずっと怒っていたんだな。
多分、今謝らなければもう2度と苺谷は部室に来ないだろう。
そしてこれが彼女が俺の人生に関わることも2度とないお別れになることは想像に容易い。
ん……謝る?
なんでだ?
思い出を奪われたのに、なんでわざわざこっちが下手に出て謝らなければいけない。
そりゃ知らなかったんだから仕方ない、でも俺が怒ったのも間違っていない。
俺もあいつも何一つ過ちを犯してない、だからこれは謝るようなことじゃない。
「あぁ、じゃあな」
だから引き止めるようなことはせず、彼女も少し顔を下げるだけでUSJを後にした。
俺ですら驚くほどのギャップに、他の二人は互いに苦虫を噛み潰したような顔で『お前が聞け』とパスを繰り返し。
「お前ら……なにかあったのか?」
20秒もかけてやっと加納がオドオドと聞いてきた。
「少しな、別にたいしたことじゃない」
あの険悪で自分は何も悪くないと主張する苺谷の態度。
それを見ると不思議と先ほどまで感じていた感情は消えていた。
見ろ、あの性格が悪さ、俺の判断は何も間違えてない。
元々うるさかったし、消えてくれるならそれで良かったじゃないか。
「少し……な」
ベンチを立って生徒会長が一人待つレストランに向かう背中へ、加納が呟いてくる。
分かってる、俺らもまた少しから亀裂が始まった。
それに本当だとしたなら、なぜこんな言い訳がましく脳内で肯定している?
俺は、俺が何を思ってて、何を感じているのか分からない。
「はぁ……生徒会長、俺が当てたことをバラして6億あげれば驚いて泣き止んだりするかな」
というか、結局モテる技術も苺谷から教えてもらってないな。
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