第36話私、めちゃ悲しい

 戻ってそうそう、とうもろこしを一粒一粒指で剥がしては口に入れ。


「これぇ……ぜったいぎゃくだったよぉ」

 

 カチューシャが置かれたテーブルに身体を預け、メニューを握りながらボヤく生徒会長が目に入る。

 家族連れやカップルなどが賑わう中、っていう相乗効果もあるけど……哀愁が凄い。

 それはそれとして逆?

 頼む料理の話にしては落ち込みすぎだが、俺に気づいて演技でもしているのか?


「あの、元気出してください。これサービスです」

 

 なるほど……置いておいたぬいぐるみも相まいって彼氏に捨てられた可哀想な子。

 そう、印象付けてドリンクを店員から差し入れられることを狙ったっていう訳か。


「生徒会長、それ食べるの面倒くないですか?」


 それぐらい注文するお金はあるはずなのになんというか、ずる賢いな。

 後ろから声をかけると、びっくりさせたようで身体を震わせ。

 とうもろこしがガシャンっと皿の上へ落ちる。

 

「お、おかえりなさい」


 俺に気づくと生徒会長は恥ずかしがりながら姿勢を取り繕い、貰ったバタービールを隠すように手元へ寄せる。

 店員へ意識が向きすぎて、こちらの存在に気づかなかったか。


「デートで歯に挟まったりするじゃない、それとも中田さんは豪快な食べ方とどっちが好き?」


 向かいの席に座ると生徒会長は口にとうもろこし当て、食べるフリをして質問してくる。


「それはそ……」


 待て、俺はなどと言ってきたがこれは間違いなくアドバイスをしてみろってこと。

 食べっぷりが良い女の子が好き、などと世間一般の男は答えるだろう。

 けれど、きっと本質は食事マナーが間違ってないかなど考えず、気楽に食べたいから来る願い。

 本当にガツガツと歯や口周りへ食べカスをつけ、なおかつ恥じらいなく食べる女の子が現れるなら間違いなく冷めるだろう。

 ここでの『恥じらい』は凄く重要な要素。

 有る無しで女の子がこっちに寄り添っているか、自分の信条だけで食べているのか印象が変わるのだから。


「少し、待ってください」


 生徒会長を観察してみると、少しだけ頬を赤めて俺の答えを待っている。

 もちろん、急いでるならいつまでも上品に食べる子が嫌な場合もいる。

 上品か、下品か、この質問に正解など存在しない。


「あ〜」


 かと言ってこのまま沈黙したところで、状況が変わるわけでもない。

 考えろ、もっとも当たり障りが無く、かと言ってアドバイスにもなる言葉を。

 

「少し恥ずかしい方が正解じゃないですかね」

「そう、じゃこれが正解ね」


 ニコっととうもろこしを齧る生徒会長は「これ見て」とカバンから何かを取り出す。


「可愛いですね」

「猫を飼ってるって話したら苺谷ちゃんがくれたの」


 それは黒いキティがデフォルメされたり、色んなポーズをとっているシール。

 あいつ、いつの間にそんなものを買ってたんだ。

 

 そんなことより、機嫌が良いうちに話しておくか?

 しかし、どう伝えるべきか。とりあえず加納が帰ったことにしても、また誘われたら意味がない。なら、ど直球だろうか。


「生徒会長」

「ん、なに? 他の二人は遅いわね」


 お腹が減っていたのか、カリカリととうもろこしを食べ始めた生徒会長は口を拭く。

 忘れるな、少し嬉しそうに、嬉しそうに話すんだぞ。

 

「彼は貴方のことが好きではありませんでした。なので、デートは終わりです」


 生徒会長の動きがピタッと止まり、真意を見透かそうが如くに見つめてきた。

 そしてゆっくり食べかけのとうもろこしを置き。

 おでこに手を当てて悩ましげにした後、生徒会長は俺を手で静止させる。


「えぇっと……それとデートの終わりが結びつかないのだけれど、もう一度詳しく説明してくれないかしら?」


 もう一度、そう言った生徒会長は優しく微笑んでくる。

 そうだよな……まだ午後があるってのにデート相手が帰っちゃったら困惑するし、惨めさを誤魔化すために笑うよな。


「加納は生徒会長が誤魔化すために俺を呼んだことも知っていました」

「ッんン? そう、なの」


 分かりやすく衝撃的事実を告げているはず。

 なのに心ここに在らずという感じで、生徒会長は不思議そうに小首を傾げる。


「まだ心の整理ができていない感じですか?」


 眉をひそめ、生徒会長は俺を睨んで「うーん」と唸り始める。

 多分、現実逃避したくて真偽を確かめようとしているんだな。


「悲しいことは分かります。でも、仮に——」

「あの、加納さん、お金の話なんかは……? 6億とか」


 何も知らない生徒会長は「へへっ」などと苦笑いする。

 これは加納が『生徒会長が俺のことが好き』などと勘違いし、振られたのではないかの確認か?

 だが、残念ながらそれはない。

 俺が当てたから、加納は純粋に生徒会長を振ったのだ。


「生徒会長……加納は6億を当てていません。苺谷の勘違いから始まった噂が広まっただけです」

「っえ————ッえぇぇぇッ?!」


 純粋に振られたことがよほどショックだったのか、初めて生徒会長の目が忙しなく動き始める。


「それって……つまり加納さんとデートして、私は振られたってことッ?!」


 何度も言ったことをリピートし、ようやく事態を理解した生徒会長の顔。

 まるでジグゾーパズルを作る過程で、無くしていたラストピースを見つけたような納得の表情。

 そこに驚きはあれど、悲しみのようなものは見えなかった。


「生徒会長、悲しくないんですか?」


 俺が質問すると、何かスッキリした風に頷き始める生徒会長の動きが止まる。

 もしかして……地雷を踏んだか?

 これが無理して笑顔を装っているなら、頑張って耐えている人に酷いことを言ってしまったことになる。


「っあ、いや……すみ——」

「ッう、ううン、私、めちゃ悲しい」


 謝ろうとした俺の声は。

 パッと顔を背け、見えないところで涙を拭い始める生徒会長にかき消された。

 

 


 

 

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