第37話それぞれの想い

 所々高音が混じり、抑揚がめちゃくちゃな声の震え具合。

 直前のまばたきや呼吸の乱れも加えると……動揺を隠していた?


「すみませんッ、無神経でした。俺で良かったら話ぐらい聞きますよ」


 顔を逸らし続ける生徒会長は、


「そう、ね……気を紛らわせられるし、なぐさめて欲しい…………かも」


 ぽつぽつと歯切れの悪そうに振り返ってきた「ありがとう」と少し笑うと、


「ある程度、振られるのは予想ついていたけど……悲しいものは悲しいわね」


 深いため息をこぼし、テーブルへ頬を擦り付けて項垂れた。

 

 なぐさめるたと言われても、言葉とは裏腹に会話する態度じゃないな。

 ラジオ感覚で俺が一方的に話し続ければいいのか?

 

 どうしようか、そう悩んでいると生徒会長の視線がちらちらとこちらを向く。

 少し振り返って後ろを確認するが、別に加納たちの姿は見えない。


「っ」

 

 なら、何をそんなに俺を見ている? など思っていると空いた片手を掴まれ。

 半ば無理やり引っ張られると、俺の手はそれを生徒会長の頭の上へ乗せられた。

 

 っあ、あぁ……て、てっきり慰めるって会話じゃなくてそうゆうこと。

 初めて異性の頭に触れてる、それも学校で一番倍率が高かった生徒会長の。

 こんなナイーブな気持ちに支配されていなければ、こんな機会はあり得ないな。

 

 でも、教本を読んでるから知ってるぞ。

 髪型はセットするだけで大変で、安易に撫でて仕舞えば逆鱗に触れてしまう。

 だから、モテる男は安易に女性の頭部を触ってはいけない。

 そして多分、撫でたら撫でたら『ちゃんと考えろ、髪の毛めちゃくちゃで最悪っ』

 とか言われる……でも撫でなかったら撫でなかったら——


「はぁぁぁぁぁぁーーぁ」

 

 生徒会長はツインテールの片方を外し。

 解いた髪で顔を隠したかと思えば、意味深なため息。

 こんな感じに『早くしろ、何やってんだ使えない』そう言いたげな態度を取られるんだ。

 まぁ……たった今、振られたんだから異性だろうと撫でることぐらい普通、か?


「撫でます、撫でますから」

 

 周囲の人に有名人だと気づかれてないことを確認しつつ、


「っ——、——ッ」


 地肌に触れないよう頭部から1センチ外側を意識して軽く撫でる。

 

「今回は運がなかっただけで加納も迷ってましたし、生徒会長なら次は成功しますよ。綺麗ですし」

「本当っ?!」


 気休め程度の言葉に生徒会長はガバっと起き上がり、詰め寄ってくる。

 ふむ、思っていたより大丈夫そうだ。

 6億の件をバラしてお金をあげなければいけないほど、追い詰められているようにも見えないし。

 そういえば……生徒会長ほどの人間がなんで加納を好きになったんだろ?

 そこにモテる秘訣があるのかもしれないし、苺谷に聞けなかったら良い機会なのでは?


「生徒会長、加納のどこが好きだったんですか?」

「ッゔ……ゔ、ぅぅぅぅ」


 ふと、興味本位に脳裏に浮かんだ質問に。

 生徒会長は露骨に顔をしかめ、また俯き。

 ホラー映画のワンシーンが如く、カリカリっとテーブルを引っかきながら唸り声を上げ始めた。


「あっ……いや、嫌なら大丈夫ですよ。気がまぎれるかと思った程度なんで」

「ィ、嫌というか……ただ言葉にし難くて、気がついたら?」


 自分でも知らない間に好きになっていた……か。勉強になることは少なそう。


「生徒会長ほどでも恋の理由って分からないもんなんですねー、それなら気づいた始まりを良かったら教えてもらえません?」


 「キュルキュル」と音がどこからか鳴り、生徒会長の身体がより一層深く曲がる。

 さっきもとうもろこしをガブガブ噛んでたし、まだお腹が空いているのかな。

 

「あのッ!」

「大丈夫ですよ、お腹が鳴るのは何もお腹が空いていることだけじゃなくて、腸内が綺麗で」

「そうじゃなくて…………苺谷ちゃんは、苺谷ちゃんはどこにいるのかしら?」


 突然、声を荒げて顔を上げたかと思えば、立ち上がった勢いで椅子が倒れる。

 それを気にすらしなかった生徒会長はキョロキョロと辺りを見回して苺谷を探し始める。


 そうじゃない……?

 お腹が空になったことで鳴ったのではない。

 つまり、生徒会長の額に浮かんだ冷や汗から考えるに……俺との会話から生じるストレスが原因?

 あっ…………思えば話題に上げた内容も、気晴らしどころか傷心な身に塩を塗るようなもんじゃん。

 どんな気持ちで、どんな理由で。

 生徒会長の気持ちも考えず、俺は自分が知りたい情報を聞き出そうとしてた。

 別の話題で上書きをするべきだろ、何やってんだ。


「あー、あいつなら帰りましたよ」

「帰った? どうして、まだお金も渡してないのに」


 スマホを取り出し、おそらく苺谷へ連絡を取り始める生徒会長。

 すぐにバイブが鳴り、どんな内容かは知らないが固まったように動かなくなった。


「中田さん……何があったの?」


 なんだ?

 一体、どんなメッセージが返ってきたんだ、俺への悪口か?

 でも……それぐらいじゃこんな驚く訳ない。

 

 だとするならば、まさか……自殺?

 

 いや、いやいや、苺谷はそんな落ち込むタマじゃないだろ、気にしすぎだ。

 でも感情が出ないタイプってだけで、内心ではすごく引きずっている可能性も。


「苺谷ちゃんに100円あげるって送っても、戻ってこない」


 100円…………?

 生徒会長の反応を確認するも、あい変わらず深刻そうな顔をしている。

 なるほど、これはつまりか。

 俺はゆっくりテーブルに両肘をつき、顎を引いて顔の影を増やし、口元を両手で隠す。

 

「それは異常ですね、あいつならすぐ戻ってきそうなのに」


 エヴァンゲリオンのゲンドウスタイルで、話を合わせる。

 苺谷、生徒会長にまで守銭奴だとネタにされて馬鹿にされているのか。

 まぁ、これも普段の行いからくるもので、自業自得だろう。

 

「えぇ、何かあったとしか考えられないわ」


 そんな訳ないでしょ、とツッコミ待ちだった俺に。そのまま生徒会長は口元に手を寄せて悩み始める。

 

 もしかして、ネタじゃないのか?


 あいつ、俺を500円と馬鹿にしていたくせに100円で動く女なのかよ。

 くっそ、そんなことなら5万で味方しろなんて…………そういえば、去り際にその話をしなかったな。

 もう部室に顔を出さないと言っている以上、5万の約束を持ち出さないのは異常。


「んー、多分大丈夫ですよ」


 どうして、忘れていた? あの守銭奴が?

 何かあった程度で金を忘れるような通常な頭をしているとは思えない。

 意図して話を持ち出さなかった、思い出と言った時にポツリと呟いていたけど、彼女なりに気にしていたのか?

 なら申し訳なさを出すどころか、悪態を付く意味はなんだ。


「中田さん、私何か凄く失礼なことをしたのかしら、だって100円で帰ってこないのよ?!」


 苺谷の考察をしていると生徒会長が不安そうに俺へ語りかけて邪魔をする。

 

「うーん、生徒会長が失礼なこと……ですか」


 確かにその線もあるかもしれない。

 

「失礼……失礼……」


 今までの生徒会長と苺谷の行動を思い出そうとするも、仲良く会話していた記憶しかない。

 もし、あれの裏で女子なりの裏社会があるとするならば俺はもう怖いぐらいだ。

 

 っあ、強いて言うなら今がいっちばん失礼かっ! あいつを100円で動く遊具か何かと思ってらっしゃる?

 

 そりゃ苺谷だって人間なんだから、時間換算して100円で見合わなかったら動かないこともあるだろう。5万は別として。


「多分、原因は俺なんで気にしなくてもいいですよ」


 それまで動揺していた生徒会長の雰囲気が一瞬で変わり、羽毛の如く包み込むような優しい顔。

 なんとなく、その見通してくるような目が嫌になった俺はそっと視線を外す。


「喧嘩でもしたのなら、話を聞くよ?」

「い、やぁ……個人的問題ですし、誰も悪くないですし……誰かの味方とか、そうゆうのでもない」


 俺が悪いとか、あいつが悪いとか、そんなどっちに味方が増えたところで何か変わるとは思えないし、求めてもいない。

 んー、でも『話がつまんないなら喧嘩話の一つや二つ話せ』って遠回しに言われているのかもしれないな。


「先輩から思い出託されて、任せたって言われた部室の絵があったんですよ。それをまぁ事故であいつが消しちゃって——」

「それは先輩が悪いね」


 それまで優しく跳ね返そうとした心が、身体が、一瞬にして硬くなり。

 割れた心のガラスが、反射的に生徒会長を掴んで傷だらけにしようとさえする。

 

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