第40話モテざる者

「えっ、さ、三人って、何もしてないじゃないですか! 離れようとしただけですよぉッ?!」


 捕まっていた女子生徒は不満を露わに俺を睨みながら「理不尽じゃないですか」とやるせなく俯く。

 今頃、ようやく分かったのか? そう、この社会は理不尽で満ち溢れている。

 

「そこの2年と一緒に嫌がらせしている奴だ」


 俺と2人を、流しで指差してきた磯崎先生。

 『いじめ』と言葉に出したことで場の空気が変わり、本人たちもそれに少し狼狽え。

 捕まえていた子は慌てて女子生徒を離し、もう1人は気まずそうに手洗い場へ向かう。


 うん、そう……この社会は理不尽に溢れている。

 

 それらを目だけで先生は追い、吐息を吐くと再び何事もなかったように廊下を歩き始める。


「先生……少し待ってください、なぜ俺まで一緒なんですか?」


 俺へ汚いものと扱ったのが1対1で、その後に行われた行動は間接的なもの。

 そういうのを考慮すると『いじめ』ではない、それは予想していた。

 けれど、まさか加害者にされると思わなかった俺は問い出すために追いかけた。


「なんでなんでなんでって、なんでお前は一年の教室にいた? なんでお前はあの雰囲気になってもさっさと去らなかった?」

「いや……それは」


 苺谷の顔が浮かんだから、なんて言ったら惚れていると勘違いされそうだし。

 なんで、なんのため……そう言われたら。

 俺の目線を追った磯崎先生がパンフレットへ注目し「はぁぁ」と深いため息をつかれる。


「お前、もしかして馬鹿なのか……あの状況で入ってくれる人がいると?」


 もちろん、状況は最悪で続けても勧誘は絶望的。だから理由は違う。

 

「それとも心の奥底で期待していたのか? 味方になってくれる人が、否定してくれる人が、出てくれるって」


 それまで追いかけていた足は、徐々に減速する。

 生徒会長、加納、苺谷を脳裏に浮かばせ、自分の胸に手を当てながら『そうなのか』と問いかける。


「お前の立場は底も底。誰かが助けてくれたら最高の青春ラブストーリーだもんな」


 それまで歩幅を緩め、会話しようとするそぶりすら見せなかった磯崎先生。

 想像以上に性格が悪いのか、言葉が『効いた』と気づくと止まり。

 そして追い打ちをかけるようにトントンっと指で胸を叩いてきた。


「だがな、モテないお前らは救われない、救う価値もない。望むのもおこがましい自己中なゴミだということを自覚しろ」


 初めて聞いた、教師らしからぬ罵倒をただ黙っていた。

 反論するにも、昔と今も救われない現状が全てを物語っていた。

 この6億は運が良かっただけで、実力なんて一切ない。公言すれば周りの態度は変わるだろうが、それは金の価値であって俺のじゃない。

 

 先生は言うだけ言うと満足げに頷き、興味なさげにひらひらと背中越しで手を振る。


「ゴミの自覚……か、踏み潰されても気にされない、雑草ってことぐらい分かっている」

 

 そばにあった階段を上がり、人目がないことを確認して壁へ寄りかかる。


「俺は誰かが現れて救われたかった? 肯定して欲しかった? 特別になってて欲しかった?」


 時間が経って、人も状況も違う今回ならと期待したのか?


「違うな」

 

 ただ、知りたかったんだ。

 俺の扱いに対して苺谷が『特別』なら、その価値を理解するための『普通』を。

 盲目で癇癪持ちな上、プライドや羞恥心ばかりが育ったモテない俺の犯した過ちの大きさを。

 何も感じなかった行動が自責になって、自分で自分が嫌になる。


 冷たい人々の状況も、

 苺谷が離れた状況も、

 誰も部員がいない状況も、

 何一つ改善しない全ての状況は、


 全部、全部、ぜんぶッ、俺がモテないばかりに起きたことだ。

 ようやく分かった。

 運が巡ってきても自分から手放す俺は、そもそもモテるような人間じゃなかったんだ。

 先生の言うとおり、何一つ価値がない人間で。

 それでも違うと否定したくて、抗っていたけど色々、身につけたのに倍率が変わらないことが全部物語っていた。

 

「11時52分……か」


 昔は先輩たちと集まって食べていた、楽しい楽しい昼ごはんの時間だった。

 他愛もない会話を輪に入らなくても、ラジオ感覚で聞きながら食べるのが好きだった。

 卒業以来、部室で昼ごはんも飲食という行為も避けていたけど……久しぶりに一人で食べよう、あの孤独感は丁度良い罰だ。




 


 廊下に貼られ、時が止まったままの掲示物。

 一歩ずつ部室へ踏み出すたび、フラッシュバックしてくる色褪せた過去。


「ダーツだ、ダーツ。この画鋲を10メートルから投げて一番少なく刺さった方が奢りな? 先輩さんは優しいから特別に新人は5メートルにしてあげよう」

 

 過去に籠って現実逃避していた部室から、抜け出せるならと挑戦した。

 その結果、俺は俺が犯した過ちの重さを再認識しただけだった。


 前までどんどん心地良くなっていったはずの廊下も失うだけ、成長しない、何も得られない。

 一歩進むたび、焦燥感が胸を締め付けて苦痛を与えてきた。


「……ッ」


 だが、過去の記憶を再生し続け、オーバーフローし始める脳の隙間で。

 それより気になったのは『謝る』その言葉が脳裏をチラつくたび、心が悶々とすることだ。


『罰は言い訳で、恥ずかしいから逃げているだけだろ』


 と思考がよぎり、全く心に響がない事でそれすらも本心を隠すための言い訳だと気づいた。


「ッハ、ハハ……きっと俺は怖いんだな、自分の本心を認めた上で失敗するのが」


 きっかけもない白い大地を、それでも歩もうとすれば嫌でも不純物のない自分の動機が露わになる。

 自覚してしまったが最後、それはもはや大学受験のような自分を構成する重要な出来事になる。

 達成できなければ、自分自身が否定されたようになり、無自覚に恐れて。

 だから、蜃気楼だろうと偽物の理由を作り上げても白い大地へ進まない。

 

「自己理解した上で失敗するより、時間が、苺谷がと言い訳して諦めたいんだな」


 部活がどうたらで必要なんじゃない。楽しかったから苺谷が欲しくなった、それだけで。

 その為なら先輩たちの思い出を捨てて謝罪しても良いぐらいに。

 でも、その上で失敗するものなら思い出すら捨てた自分には何も残らなくなる。


 そもそも選ぶか迷っていること自体が、どちらも軽んじているようでおぞましく、あさましい。

 こんな俺は、何も望まずに朽ち果てる部室と心中するぐらいが丁度良いのかもしれない。

 込み上げてくる自己嫌悪に背中を押されるまま、着くなり部室へ入ろうとした。


「……ん?」


 しかし、指が取手にかかったところで今朝、パンフレットを取り出した時はピッタリと締めたはずのドア。

 そこに3mmほどの隙間があったことに気がついた。

 レールの方へ目を向けると、締めた時には挟まっていたはずの埃も吹き飛ばされている。

 俺がいない間に部室へ侵入している者——、

 

「ゔゔぅぅぅぅぅぅぅ、先輩が来る前に早く終わりましょう」

 

 中から聞こえてきた声に、引っ掛けていた指が滑り落ちる。

 苺谷……? なぜここにいる。

 

 

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