第39話失敗という名の蜃気楼へ向かう

「生徒会長がなー、俺も入ったらワンチャン狙えんじゃね?」

「無理無理、猫の手も借りたいって感じだろ。あいつの倍率変わってねぇんだからお前もモテねぇよ」


 相も変わらず、賑やかな恋愛学の授業中。

 その中でも一番大声で騒ぐ男子グループ、前に中国車の話をしていた1人が指差してくる。

 

「ひっでぇっ! あんな底辺と一緒にしていいんか? Dクラスどころか、Bクラス行っちゃうぞ」

 

 前席のボサボサな女の子が彼らに伺うような視線向けるのを、俺は頬杖つきながら眺めていた。

 なるほど……今の今までクラスのことはあまり気にしてなかったが、あいつらと繋がっていたのか。


「えーつまり、異性間や同性間の相互作用、自己理解、自己肯定感の向上も恋愛には欠かせない要素であり、時にはコンフリクトも生じるでしょうが」

「はぁー、まじさぁ、たかだか恋愛でコンレークみてぇなこと言われたって分からんよな」


 ガコンっ、と前の席が下がり、机に当たったことで膝をついてた俺の身体が揺れる。

 

 そういえば、あの時も思い返せば彼らの後をついて行ってたな。

 あいつらにいじめられているんだろうか……?

 俺は教室の隅に設置された監視カメラに視線を向ける。

 まぁ、グレーゾーンはちゃんと分かっている奴だろう。

 

「んーもう時間か、分かってると思うが来週までに体表面積75%以上露出させる水着を用意しておけよ」


 11時30分、これから13時まで昼休憩。


 クラスに興味を失せた俺は、机の引き出しから日に焼けた勧誘パンフレットを引っ張り出す。

 一年生の時に刷って、今年の新入生が入学した時も配った余り。

 3ヶ月前は様子見だけで全員帰って行ったけど、あれから時間も経ったから苺谷みたいな人が再び現れてもおかしくない。

 失敗を取り戻すためにも部員が来るのを待つだけじゃなく、俺からも久しぶりに動くべきだろう。



 

 この学校はSからDクラスがある校舎、それと人数が多いEクラスの校舎で分かれている。

 人数と距離的問題を考慮するとSからDクラス辺りから始めるべきだが……。


「賭け恋愛部に興味はありませんか?」


 なんとなく、別にビビっている訳じゃないが『ここが良い』と言っている気がするので直感を信じ。

 階段を降り、Eクラス校舎の1年クラスが並ぶ廊下から始めていた。


「良かったら、パンフレットいりませんか?」


 廊下を歩くのは目が死んでいる奴ら、我が物で歩く奴ら、自分たちの世界に入り浸っているカップル。

 かれこれ既に20人以上へ声をかけているが、全部無視。

 

「ぅもうっ、きょうちゃんったら〜、人がいるよっ」

「何言ってんだよ、見せつければ良いだろ」

 

 性欲だけしか考えてなさそうな男が女子の腰へ腕を回し、乱雑に制服を着込んだ一年が近づいてくる。

 咄嗟に目を逸らし、窓からSからDが在住する校舎を眺める。

 まったく2年も1年も、Eクラスの雰囲気は変わらないか。

 

「それにしても……なんでだろ」


 ここの学校は少子高齢化の改善を推奨している。

 にもかかわらず、倍率が下がったとはいえ、モテない奴らとカップルが一緒くたにされている。

 これじゃモテない奴とカップルが無価値と言ってるし、罰みたいなもんじゃないか。

 俺らも目に毒だし、カップルだけを詰め込んだクラスとかあっても良いと思うが。


「かっこいい〜っ! それもそうだね」


 ぎゅっと近くなり、モテない俺らをスパイスに幸福と幸せに浸る二人。

 いや……違うか。

 もしかしてカップルはモテない奴らなんて気にしないどころか、可愛い・カッコいい奴らと自分たちが比べられない安全圏にいて。

 このシステムのメインは『モテない俺たち』に見せつけ、駆り立てるためか。


「賭け恋愛部に興味ありませんか?」


 それでも部活に入ってくれるかもしれないと俺はパンフレットを差し出し、

 

「は? 何が賭け恋愛だ? もうイチャイチャしてるのが見えねぇのか、負け組が」


 途端に彼氏の方が睨みつけ、すぐに叩き落としてきた。


「ちょっと〜、可哀想だよ」


 落ち着かせような彼女の物言い。

 けれど、その口は自分の彼氏と俺を比べ、勝ち誇ったように笑っていた。

 

 何を、期待していたんだろう。

 たった3ヶ月……3ヶ月だぞ、それぐらいでクラスの何が変わるっていうんだ。

 

「なぁっ……あのカップルが振り払った小汚い紙、賭け恋愛部って書いてない?」

 

 去っていくカップルを横目に、跪き。

 落ちているパンフレットが踏まれないようにかき集めていると、一人の男が屈んでくる。


「もしかして、賭け恋愛部なんですか?」

「そ、そうだけど……」


 少し戸惑いながらに答え。

 それを聞いた後輩の顔が喜びに満ち溢れ、手を伸ばしてくる。

 

「まじですかっ?! 良かったら握手して下さい、握手っ! ファンなんですよ」


 片手にパンフレットを抱えながら、俺は男の顔をじっと見つめた。

 ファン……?

 話し方と流れから察するに、多分俺の事を言っているよな。

 いつの間にそんなのができたんだ? 騙されないぞ。


「生徒会長と普通に会話しているんですよね? 俺、先輩のこと尊敬しているんですよ」


 俺の怪訝そうな顔を察したのか、後輩は律儀にも爽やかな笑顔で説明してきた。

 

 そういえば……同じクラスにも最近、関わっている影響で不純ながら入りたいって言ってたな。

 なら『回り回って0.01でありながら、生徒会長と会話出来る縁がある俺を』とかなら、そんな不思議でもないか。

 

「あ、ありがとう、そんな——」


 ファンとはいえ、まだ底辺の俺に対する見下した態度もなく、あくまで対等に接してきた点。

 加えて怪しむ俺の行動を観察し、的確に説明の補足を加えることも出来た点。

 いくつか引っかかりを感じたが、そういう人もいるだろうと思いながら伸ばした手。


「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

 

 は温かく受け入れられ、力強く握ってきた後輩の男は歓声を上げ。

 握手した手はみんなへ見せびらかせ、自慢したげに廊下の先まで見えるように高く掲げられる。


「っち」


 隅へ追いやっていた疑問は風船のごとく膨らみ、確信へと変わる。

 

 ファンが大声を出して興奮する、それはなんら不自然ではない。

 でも、それは『名声』や『金』という何か明確な強みがあって『常識的強者』とされる人物だからこそ。

 線引きされれば上位に位置し、自慢になって、羨ましがられ、そんな存在になってこそようやく取られる行動。

 

 それに比べ、俺はまだ関わるだけマイナスな『常識的弱者』だ、だから。

 手を握ったのは間違いで、こいつは別にファンなんかじゃない。


「————みんな見ろッ! これがあの、底辺の手だぞッッ!!」

「ちょっ、はぁ?! 何擦り付けてきてんだよ、お前!?」


 後輩は握手した手を、通りかがった他人の制服で泥を擦り付けるように拭い。

 それだけで何のこともなかったように歩いていた生徒たちの間に『俺という存在は汚く、汚れである』という共通認識を生成され。


「きゃっ、ちょっと!? ヤダッ!!!」


 拭わなければ次は自分が『汚れ』認識されるかもしれない、という恐怖を植え付けられる。

 

 そしてそんな空気になったが最後、触らぬ神に祟りなし、事なかれ主義、無用な争い。

 それらを好まない大多数は触れられないように逃げ、触れられた人は他人へなすりつけた。


「はぁ……もういいや」


 俺は膝に手を当て、関節がギコギコとしか動かない錆びたブリキ人形と相違ない動きで立ち上がり。

 そして部室へ帰ろうとした。


「……ん、違うな」


 脳裏に少しだけ苺谷が浮かぶ。

 そうだな……良くも悪くも苺谷は特別だ。

 金以外眼中になく、そして隙があれば俺を省いて部活を乗っ取ろうとする野心があった。


 俺は前へ出した右足の爪先を未練がましく引きずり戻し。

 結局、しばらくこの状況の行く末を見護ること選んだ。

 

「ちょっと、離して! やめ」

 

 逃げようとする一人の女子が、他の人に捕まって盾代わりに逃げられず暴れ。

 そこへ握手をした後輩の一人が手を開閉しながら近づく。


「っは、ははっ……」


 なんだ、これ。

 良くなっているどころか、高校で一番屈辱を感じる状況の真っ只中じゃないか。

 それに、これは多分——

 

「おい、何やっているんだ?」


 背後から授業に永遠と聞き覚えがあった声が聞こえ、磯崎先生が白衣を揺らしながら闊歩する。

 最初は掴まれた女子生徒と近くにいた二人を、そして最後に辺りを見回して俺へ視線が来る。

 その顔はたまたま通りかかったところで、面倒を起こすなと言いたげだった。


「触ってみろ、お前たちを隔離することになるぞ」

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