第9話うちぁカジュアルさが売りです

「終わったかしら?」

「あぁ、ありがとう」


 というか凄いな、苺谷はもう生徒会長と電話するような仲になったんだ。

 少し耳の跡が着いたスマホを拭いてから返そう、そう思っていると生徒会長がジップロックを差し出してきた。


「っぇ、それに入れればいいのか?」


 どこからそれを取り出した?

 というか常備しているのか? そんなものを。一体なぜ。


「っあの、その」

「そことか指紋で汚いし、消毒と除菌しておくから入れてくれる?」

「あ、うん……ごめんなさい」


 けど、それも生徒会長が小型の消毒液を取り出してきた事で理性的になった。

 いくら何でも用意周到すぎる、これは本当に潔癖症なだけだな。


「ありがとう」


 透明な袋の中へスマホを返すと、生徒会長は遠回しに汚いと言ったことへ対し悪びれる素振りもなく。


「生徒会長は綺麗好きなんですね」

「そ、そうなの、ごめんね」


 そして何度も厳重に畳み、ポケットへ入れ。

 チラチラと様子を伺いながら気まずそうに当初の目的、人探しへ戻っていく。

 まぁ、でも他人に貸したイヤホンを拭くのと変わらないか。


 なんなら、必死に茂みから見つようとしているのに隠している俺の方が申し訳ない。

 元より生産性のないこの状況も全て、俺の不注意さと臆病なことが原因。

 

 ————よし、決めた。言おう。

 

 どうせ生徒会長の本命って訳じゃないんだ。

 ずるずる引き伸ばせば引き延ばすほど、取り返しがつかなくなる。

 ちょうど生徒会長とも気まずいし、今更もっと気まずくなるぐらい変わらないだろ。


「っうし」


 静かに背後へ近づき、頬を叩いて深呼吸して覚悟を決める。

 そして肩に触れるか、触れないかまで手を伸ばす。


「ぃま頃、拷問されてたらどうしょう」


 っえ…………?

 

 今、


 可愛らしい生徒会長の口からとんでもない単語が飛び出さなかった?

 

 傲慢でも、

 校門でも、

 肛門でも無くて、

 間違いなく拷問、

 そう言った気がする。

 

 拷問されているかも……つまり見つかったら拷問される可能性があるってこと?

 や、きっと聞き間違いだ。

 肛門を改造されているとか、そんな事だろう。

 生徒会長のキャラには程遠いことは違いないが、拷問より肛門改造の方がよっぽど健全だ。というか、そっちで頼む。

 確かめるためにも聞け、違っても笑い話になるだけだ。


「生徒会長、さっき拷問って言いました?」


 けれど、生徒会長はビクッと身体を上げ、『不味っ』そう言いたげにゆっくりと口を押さえながら振り返って来た。


「あぁ…………親に……その、政治家のツテがあるって言ってたことは覚えているかしら?」


 ——いや、待て、諦めるな俺。

 まだ伝統的に娘の好きな男を肛門開発する一家という線が残っている。


「それで、娘の好きな人を知っている人が現れたってパパが躍起になっちゃって」


 生徒会長がこれまで見たこともないほど、言葉を選びながらたどたどしく視線を泳がせ。

 どっちだ、まだ肛門と拷問の線が残っているぞ。

 

「へ、変な勘違いしないでね。拷問と言っても歯を抜いたり、爪を剥いだり」


 あぁ…………顔中の血の気がスゥーと引いていく。


「そんなカジュアルな拷問を受けるだけだからっ!」


 カジュアルな、拷問?

 楽しげにサッカーをする生徒たちの声が聞こえる中、生徒会長はピクつく俺の指先一つにすら注視してくる。

 落ち着け、落ち着け。

 テレビにも出ている有名な生徒会長が、まさか俺を殺すとかそんなことしないだろ。

 ほら、後ろに手を回しているけど何も持ってない事は確認済————さっきのジップロックッ。

 あれを常備している理由はもしもの時、窒息死させるための武器かッ!

 

 これは……やっばい。

 ただの恋愛相談のはずが、一言間違えただけで殺される場面になってる。


「なるほど……カジュアルね、カジュアル、びっくりしたぁ。っはは、そうですよね」

「ふふっ、そ、そう! 命まで取るような過激じゃないの!」


 人差し指を振って誤魔化す生徒会長に合わせ、俺も笑い声を上げる。


 ふぅ……命まで取らないカジュアルな方の拷問か。なら安心、

 

 ——いや、カジュアルな拷問って何ッ?!

 

 拷問にカジュアルもないだろ、どんな教育したらそんな発言が出るんだよ!

 っぶねぇーー、あと少しで『当てたのは俺なんだ、てへ』みたいなこと言おうとしてた。

 言えねぇ、口が裂けても言えねぇ、言える訳がねぇ! 

 バレたら生きたまま身体中抜けるもん全部抜かれちまうッ!!


「か、会長、もうそろそろ昼休みも終わるし、あああ、とは明日にしませんか?」


 口が震え、言いたい言葉も言えない。

 逃げよう、とりあえず今日ゆっくり逃げ帰って、ゆっくり寝よう。

 そんで作戦はまた明日ゆっくり考えればいい。


「ぅぅんっうん、そうね。次は放課後にでも——」

「今日は部活の休日です」


 明日って言ってるのに放課後また来ようとする気満々の生徒会長を、すぐさま遮る。


「っえ、でも確か賭け恋愛部って平日——」

「部長が俺になった今年から水曜日は休日です」

「そう、なの……」


 露骨にしゅんっとする生徒会長の反応からして、咄嗟についた休部の嘘はバレている。


 相談者を邪険に扱うな、と卒業した先輩たちなら怒って来そうで、良心も少し痛むけど……これは突き通さなければ駄目なんだ。


 相手はカジュアルな拷問とか言ってくる娘に育て上げたサイコパス政治一家。

 判断を誤れば八つ裂きの上で目玉を抉られ、生きたまま食べさせられるなんてこともあるかもしれない。

 恋愛相談の言動一つ一つに命がかかってんだ、こっちは。


「でも明日は大丈夫でしょう?」

「うん、大丈夫。続きは明日にしよう、絶対に手伝うから」


 それを聞いた生徒会長は「分かったわ、ありがとう」とひとまず納得した様子で、校舎へと戻っていく。

 そして俺もまた有言実行、心向くまま心頭滅却して午後の授業へ向かった。

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