第8話ほんの少しだけ

 スマホから目を離すと生徒会長はまだ諦めておらず、再び茂みからグランドの生徒たちを覗き見していた。


「た、多分見つからないし……諦めた方がいいんじゃないか?」

「この学校にいるのは確かなの、疲れたなら貴方は休んでていいから」


 とりあえずこの無駄な行為を止めなければ、そう思って助言する。

 でも会長は振り返ることなく、更に前屈みで覗き込み、左右へ身体を揺らす。

 その時、脇の枝にスカートが引っかかったのが目に入る。

 そして指摘する間も無く、生徒会長の太ももから先……白のレースがチラッと見えてしまう。


 ——ッ見るな、別のことを考えろ。


 生徒会長が探している肝心の人、それは間違いなく小数点を見間違えた馬鹿な自分だ。

 散々探した挙句、今更名乗るのも恥ずかしいし、会長の下着も見えそうだし…………どうすりゃいい。

 そもそも何故、生徒会長が俺を好きな人に設定していたのかも謎だ。


「うぅーん」


 こちらを気にする素振りもなく、唸り声と共に腰が上がり、綺麗なヒップラインが浮かび上がる。


「っぐ、ぐくぅぐ」


 落ち着け、落ち着け、俺。

 相手は同じ人間、成分も大差ない。

 くそっ! この程度で動揺するなら、もっと雑誌で女性の身体を勉強しておくべきだった。

 煩悩を消すためにも昔を思い出しながら記憶を探るが、間違いなく人気な彼女と会話なんてしていない。

 

 そういえば現実逃避しているけど、もし見えていることに気づかれたらさ……それこそ非難されないか?

 でも、伝えるのはそれはそれでお尻に注目していた変態扱い、学校中が敵になる可能性がある。


 不意に、脇道へ落ちている50センチほどの枝が目に入る。

 そっか、気づかれないうちに枝でスカートを直してあげればいい……天才か、天才だな、俺!

 決めたならすぐ行動に移す、それが自分の良いところだ。

 

 枝を手に、生徒会のスカートへ照準を合わせる。

 あの揺れ動くものは生徒会長の下半身じゃない、金魚。そう、これは金魚掬いだ。

 さっと救うようにスカートを外してあげれば、何事も無くなる。


『ブゥゥゥゥゥゥ、ブゥゥゥゥゥゥ』

「っあ…………でんわ——ッ」


 バイブの音と共にビクッと生徒会長が跳ね。

 振り返り、スカートへ枝を伸ばしている俺と目が合う。


『ブゥゥゥゥゥゥ、ブゥゥゥゥゥゥ』

「ぇっと……」

 

 漫画もびっくりな二度見、徐々に赤くなる会長の白い頬。


 あっ…………最悪だ。

 これじゃ誰がどう見ても枝にスカートを引っ掛け、下着を見ようとしている奴だ。


「そッ、の、ね、ぇッ……?」


 パッとスカートをこれでもかってほどに押さえる黒姫生徒会長。

 今すぐ言い訳しなければ気まずい空気どころか、犯罪者になりかねないっ! そんな雰囲気だ。


「枝、えっだにスカートがひかっかってて、直そうとしてて、俺じゃないッ!」


 口の中をあちこち噛みながら弁明、持っていた枝を乱雑に投げ捨てる。

 

「っあ、そう、そうだよね……ありがとうっ」

「俺も言ってかr」


 最後まで聞かずに生徒会長は俯き、背中を向けて距離を取ってから電話に出る。

 俺もまた動揺しては冤罪になってしまうと平然を装い。用事もないのにスマホで天気やニュースを調べ始める。


 タイミング……タイミングよ……ちょっと、何もかもタイミングが悪すぎないか?

 でも、今の反応で分かったことがある。

 それは俺に対して特別な感情を持っていないこと。


『恋はドキドキっ、会うと顔が赤くなってぇ、嫌でも意識してしまうものっ!』


 そう教本に書いてあったけど、生徒会長の顔はスカートまで一度たりとも赤くなっていない。

 そして後ろの俺に下着が見られる事を忘れる程度に意識されていないことから、後者も否定された。

 QED、つまり本命ではないってことだ。

 なら、好きな人がいない選択肢もあったのに俺へ設定されていた理由は……?


「っあ」


 ハッと俺は教本を取り出し、最後のページまで捲り上げる。

 

『他人の好きな人を当てるのなら、

 自分もまた設定しなければ道理が立たぬ、恋愛道。

 気軽に、正直に、自分が少なからず好意を持っている相手を設定しよう!』


 ——そうか、騎士道ならぬ恋愛道精神。

 

「ぇ、500円? ワンコイン先輩……? ごめんなさい、誰のことかさっぱり分からないわ」


 つまり、生徒会長は砂浜の中からありもしない一粒を探す哀れな民に耐えかね。

 答えとなる存在を適当に選び、慈悲の心で設定した。

 その結果、思わず偶然が重なり俺が当ててしまった……? と。

 これなら……これなら、全ての辻褄がバッチリ合う。


「ん、どうした?」


 僅かに香った薔薇の匂い、花なんか植えてあったっけ、と辺りを見回す。

 当然、雑草が生い茂るここにそんなものは無く、ただ生徒会長がスマホを俺へ差し出していた。


「苺谷ちゃんが代わってって」


 人間なんてみんな同じ素材なのに無駄に豪華な匂い……香水か?


「——ッ先輩先輩先輩ッ!! せんッ、ぱいッ!!!」

「ぅっさッ!」


 ゼロ距離からの鼓膜をつん裂く声に、思わずスマホを耳から遠ざける。

 くもんくもんくもん、的なイントネーションで叫ぶな。そういや、いたな、こいつ。

 ッてか、当てたのが俺だと判明した今、どう考えても別行動取っているこいつに勝ち目が無いじゃん。


「ねぇ、聞いてます? もし見つけたら入部以外にも報酬ありますよねっ?!」


 あぁ、可哀想に……既に敗北者だってことすら気づかず。あまつさえ、勝った時のご褒美話をしてくるなんて。

 まさに絵に描いた餅、取らぬ狸の皮算用だ。

 てか、さっき変な反応からあの野郎、俺の倍率調べやがったな。

 ワンコイン先輩って……めっちゃ安っぽく聞こえるし、陰で笑っている姿も容易に想像できる。

 

「あぁ、出来ることならなんでもやる……というか、ワンコイ——」

「ッぇ?! 本当ですか?! ありがとうございます」


 まるでスマホのスピーカー設定を理解できず、大声で話すお婆ちゃんレベルの音量だ。


「ん、もしもし? もしもーし?」


 あ、あいつッ……!

 あだ名に追求しようとした途端、言うだけ言ってブツ切りやがった。

 まぁ……あだ名なんて付けられたことなかったから少しだけ嬉しいし、良いんだけどね。

 せいぜい夢を見て楽しめばいいさ、可愛い後輩め。

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