第10話辛気臭い顔してますねっ!

「——どうしよう、どうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう」


 ベッドへ飛び込み、悩んでいるうちに寝てしまって朝になっていた

 何も策を考えてなかった俺は授業中、頭を抱えながら呪言を連呼していた。


「くるな、来るな来るな来るな来るな」


 いつもなら待ち侘びた昼休みを示そうとする時計針のカチカチ音。それが今じゃ、撃ちたくてたまらない引き金の音にさえ聞こえる。


「あの、先生ッ! 教室がうるさいです」


 ふと、前席へ座る女子生徒が手をあげ、先生へ声をかけた。

 寝癖の残った長髪に眼鏡、気弱そうな猫背、見るからに気弱そうな姿。

 授業をぶった斬ってまで声を出すなんて、さぞかし勇気を出しただろうから尊敬する…………まぁ、全部俺を見ながらじゃなければの話だったけど。


「そう、20万当たったんだよ。いいだろー?」

「はぁっ?! いいなぁ! 誰が誰を好きだったか教えてくれよ!!」

「だめー、お前が言いふらして破滅させたこと忘れてねぇからな。来年までに600万貯めて中国車買うんだよ、俺は!!」


 辺りはお腹の音が聞こえる程の静寂どころか、彼女の声がギリギリ聞こえるほどの騒音。

 先生の授業など誰も聞こうとしない。

 これがカップル落ちなど、モテた人またはモテない人たちが集まるいつものEクラスだ。

 

 倍率が上がって別クラスになれば変わるだろうけど、ここでは特別、俺がうるさいという訳ではない。

 そう、違うはず……例え前の子がめっちゃ見ていようとも。


「あぁー、月初は外した人と当てた人で騒がしいのは慣れてるだろ」


 だから、気づかないフリをしながら「ふん、ふふん」と窓を眺めて鼻歌を歌う。

 そして俺の話を裏付けるように。

 生徒たちの投票次第で給料もクビも掛かっている、白衣姿の物理教師は女の子を適当にあしらっている。


「なに、あいつ。授業止めているあいつの方が迷惑だろ」

「ご、ごめんなさい……続けてください」


 集まってくるクラスの視線に耐えきれず、女の子はノートを取って現実逃避する。

 なんか、一番近かったから俺の声が余計うるさく聞こえた可能性もあっただろうし……申し訳なくなってきた。


「——っぁに」


 手を伸ばし、彼女の肩をちょんちょん突くとビクッと振り返ってくる。


「ごめん、悪かった。静かにするから」

「ぃ……いいよ、もう授業も終わりだし」


 パタン、と女の子がノートを閉じた瞬間にチャイムが鳴り。


「終わったぁぁぁああっ! 終わったったった!」

「昼休みじゃあアアアア」


 20万当たった話をしていた生徒が雄叫びをあげ、廊下へ飛び出していき。後を追うように他の生徒たちも廊下へ出ようと群がる。

 終わりの挨拶などもない、そんな慣れた光景に教師は無言でノートパソコンを閉じ、首を擦って人がいなくなるのを待つ。


「すげぇ……体内時計もピッタリぃ、ぃ?」


 少し呆気に取られ、誉めようとしたが目の前にはガコガコっと揺れる椅子だけ。

 どこへ行ったのかと思えば、彼女もまた当たった騒がしい連中たちの後を追うように出ていた。

 うーん、それなら少し我慢すれば授業が終わっていたのに、なんでわざわざ荒波を立てたんだろ。


「——って、こんな事している場合じゃねぇ」


 部室に向かいながら生徒会長の問題を解決するための方法を考えなきゃ。

 一晩寝て整列した結果、分かったことがある。

 まず何の偶然か、生徒会長の好きな人に俺が設定され、拷問好きな政治家の親が探している。

 そして生徒会長は彼らより先に見つけたい、阻止しようと焦っている状態だ。

 でなければ、不意に拷問されちゃうなどと不安がげに呟やく必要がない。


「つまり、生徒会長に白状しても拷問される心配はない……そもそも俺が該当する本人だし」


 でも、伝えることはバレるリスクを増やす危険性が伴う。

 今、事実を知っている人は俺だけで、言わば最もバレる心配がなく安心できる状態。

 それを考えるとわざわざ彼女に伝える理由が全くない。


「よしっ、誰もいないな」


 先輩たちが貼ったステッカーとかが剥がれかけ、哀愁が漂う孤独感に満ち溢れた部室。

 そうそう、これこれ。

 前までは少し寂しいと思ってたけど、今では唯一心が休まる拠り所だ。

 出しっぱなしにされた苺谷や生徒会長が使った椅子を無視し、いつも自分が座っている専用席へ座る。 

 背もたれにかかりながら、瞼を閉じ、思考が研ぎ澄まされていく感覚に身を任せる。


「どう考えても……明かさない方がいい、明かしちゃったら拷問ルートまっしぐらだ」


 しかし、そうなると生徒会長やその親は永遠に探し続け。

 いずれ、俺という答えへたどり着いてしまうかもしれない。

 だから無事に生き残るためにはカモフラージュ、諦めさせる別の答えが必要だ。


「別の答え…………当選者を他人に偽装するか、死んだ人が当てたことに偽装する?」


 駄目だな、前者はもし冤罪で拷問されたら悔やんでも食い切れない。

 後者も学校の中という縛りがあるし、昨日の時点で休んだ人はいないらしいから死人は絶対いない。

 いや、会長の親がどこから手に入れた情報か分からないし、別の学校すればワンチャンあるか……?

 くそっ……もっと海外のサスペンスドラマを見ておけばよかったッ!

 そうすれば、犯罪者が他人に罪を着せる手法やヒントが得られたかもしれないってのに。


「ちゃーっす! ワンコイン先輩っ!! 相変わらず、辛気臭い顔ですね!」


 死んだ目で唸って悩んでいると。

 部室のドアが「ドォォォンッ」と壊れる勢いで開かれ、勢いそのまま擬人化されたような苺谷が入ってきた。

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