第11話ずっとご機嫌な理由

 ふむ……まぁ、彼女の使った椅子が仕舞われていなかった時点で、今日も来ることは予想していた。

 でも普通、部活動なんて放課後だと思うし、昼に来なくない?


「水曜日の放課後が休みならっ! 休みでっ!連絡ぐらい残してくださいよッ!!!」


 しかも、こいつ……丸一日無駄足を過ごした昨日よりも元気になってないか? イカれてる、どんな神経してんだ。


「もしかして賭け恋愛アプリに全生徒の連絡先が載っているの知らないんですか?」

「知ってるけど、忘れてた」


 もちろん、嘘だ。

 連絡もない感じの悪い奴なら、来なくなるかと思って連絡しなかった。もっとも無駄だったけど。


「先輩、ワンコインですしね〜。見栄なんて張らなくていいですよ」

「というかそのあだ名、平気で本人の前で使うんだな」


 動揺して通話を切ったとは思えないほど、吹っ切れたように不敵な笑みを浮かべてくる苺谷。


「事実じゃないですか、先輩は500円の価値しかない駄目駄目な男なんですよ。それに比べて私h」

「はいはい、600万だろ」


 賭け恋愛プロジェクトの悪いところは、人の価値を倍率でしか判断しない奴が増えた事だな。

 でも、苺谷は知っているんだろうか?

 例え、事実であっても社会が知る価値がないと決めれば名誉毀損。

 だから公然と500円、500円って呼んでいることも訴えたら勝てるんじゃないか?

 なんせ、俺の恋愛を手伝う報酬は500円しか価値がないと社会に言われてんだもんなっ!

 はっはっはッ! はぁーあ……どっちも酷い話だ。


「いえ、638万8千円です」


 苺谷は納得が行かなかったのか、細かく千円単位で否定してくる。

 うっわ……細けぇ、めっちゃ細けぇー。どんだけ自分の倍率に自信と誇りを感じてんだよ。

 悪いけど今、そんな事に付き合っている暇はないんだ。

 スマホを取り出し、いつ来るかもわからない生徒会長の対策を考えなければ。

 

 ちょんちょんっと袖を引っ張られ、無視しているとさらに力強くなる。

 

「先輩、せぇんぱい〜、repeat after me 638 Man 8 sen yen」


 意地でも訂正させる、と承認欲求に取り憑かれた微笑む化け物がそこに座っていた。

 こいつ、次女か末っ子か?

 将来、結婚したら絶対構ってちゃんか、SNSで欲求を満たす女だな。


「はいはい、638万8千円様」

「そうです、それで良いんですよっ! 会長ほどじゃないまでも、私も凄いんですっ」


 満足そうにふふんっと鼻を鳴らし、鼻歌を歌い始める苺谷。

 そんなお気楽な姿を見ているとだんだんと、なぜ自分だけが馬鹿にされ、悩まなければいけないんだという負の感情が湧き上がる。


「なぁ、苺谷……一つ提案があるんだけどさ」


 そうだ、なんで思いつかなかったんだ。

 彼女は部活に入りたい、けれど見つかるはずもない答えを探している。


「なんですかぁ〜? ワンコイン先輩」


 スマホをポチポチと、おそらくSNSで情報を集めている苺谷は視線すらよこさない。

 ここで『条件さえ呑めば部活に入れてあげる』と言えばあっちも嬉しいし、俺は何でも言うことの聞く犬を手に入れる。

 無理難題から達成可能な条件で良い人にさえ見える、なんて極悪非道で良い作戦だ。

 もう卒業したら彼女が孤独になるとか考える余裕なんてない、何と言われようが拷問されるより絶対マシだっ!


「その、部活に入れてやってもいいぞぉ? その代わりを俺の言うこt」


 あくまで立場は俺が上、余裕風に見えることを意識しながら勿体ぶりながら本題に入る。

 けれど苺谷がスマホをテーブルに置き、待ってましたとばかりに指で口を押さえてきた。

 

「えっへ~? ワンコイン先輩も気づいたんですかぁ? でも、もう遅いですよ〜」


 も……気づいた? 何のことだ?

 俺のことを優しい人だと褒めている頃合いだろ、なんでニヤニヤしながら笑われている?

 『生徒会長の好きな人を当てたのが俺』ということに気づいた? だとしても本人にわざわざこんな言い方はしない。


「今更、怖気付いてもおっそいんですよ」


 来てからずっとご機嫌な苺谷は、パタパタと足を前後に揺らし、それに合わせて胸も小さく跳ねる。

 そして『全部見抜いている』『残念でした』と言いたげに首を振ってくる。

 

 さっきから……全然、これっぽっちも話の全貌が見えてこないぞ。

 冷や汗が額から落ち、手汗まで……なんだろう、猛烈に嫌な予感がする。

 

「私の方が先ですからね、生徒会長の当てた人見つけたのはっ!」

「っえ、それって俺のこと?」


 咄嗟に出た声に、しまったと内心で焦る。

 もし全部、俺がボロを出すことを狙った苺谷による演技で、生徒会長やその親に売るためだとしたら…………釣り餌にまんまと引っ掛かっちまった。

 これ以上余計なことを喋らないように口元を手で隠し、チラッと苺谷の様子を伺う。

 

「はぁ? 違うに決まってるじゃないですか」

 

 幸い、苺谷は冗談か何かと思ったようで抑揚が全くない、マジトーンと痛いほど冷たい目線で否定してくれた。

 なんだぁ、びっくりしたけど違うのか。

 良かった、良かったぁぁぁっ!

 苺谷が見つけたのは俺じゃないってことは、拷問されなくて済むんだな。

 ん……俺じゃない、のか?


「————誰見つけてきたんだよッ! お前ッ!!」

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