第13話生徒会が監査、広報

「先輩、あのカッコいいスキンヘッドの紳士とお知り合いなんですか?」


 壁に手をついて声を上げた事を聞いた苺谷はガタッと立ち上がり、興味津々に聞いてくる。


「昔、友だちだった。ちょっと話を聞いてくる」


 カッコいいスキンヘッドの紳士。

 そんなキャラだっけと違和感を感じながらも部室を飛び出し、急いでグラウンドへ向かう。

 俺が安全になった代わりに加納が拷問される、そんな事あっていいわけがない。

 今ならまだ間違いと自白させれば、ジョークとして加納の評判が下がるだけで済む。


「待って、待ってくださいよ! 先輩っ!」


 下駄箱で靴を履き替えていると、背後から息を切らしながら苺谷が追ってくる。

 報酬も全部渡すと言ったし、追いかけてくる理由が思い当たらない。


「なんで来たんだ?」

 

 素朴な疑問を上げた俺に。

 座り込んでハァッハァっと息を整えていた苺谷は、恨めしそうな目で見上げてきた。


「ずるいっですよ! 自分だけお金をもらおうなんてッ!!」


 自分だけお金をもらう? ちょっと何言っているのかわからない。

 親友が拷問されるか、一刻を争う状況なんだ。『話を聞いてくる』その言葉以上の受け止め方をしないでくれ。


「悪いが勘違いに構っている暇は無い」

「さては生徒会長の報酬も罠だったんですねッ?!」

「罠って、全額あげるって言ってんだからそれで満足してくれよ。頼むからもう後にしてくれ——」


 再び歩き出そうとするが、ガシッと腕を掴まれる。

 金金金金金金、報酬って、こいつの口からは金の話しか聞いてない気がする。

 金…………?

 ッあぁ、そっかっ!

 苺谷は加納が6億を当てように見えているんだった。

 つまり、親友だった俺が会いに行く=金を分けてもらおう的な事だと認識しているんだ。

 お笑いのR1やM1で芸人が優勝した途端、昔の知り合いから突然連絡が来て、金をせびられるように。

 試しに手を動かそうとするが苺谷はテコでも離さないつもりか、両手できっちり掴んでいた。

 女の子の手を初めて触ったけど、たしかに男と比べて柔らかく、弾力があってプニプニしてる。


「はぁ……分かった、分かったから」


 加納が本物じゃないって『俺が本物』と明かすようなことを言う訳にもいかない。

 かといって苺谷は金にがめつい、守銭奴だという事も一日二日で十分に理解した。

 普段、善人を装っている一般人すらお笑い芸人が持つ大金の欲望に抗えず、擦り寄ってくるんだ。

 6億の魔力を前にして、彼女はそんな折れるような玉じゃない。

 しょうがない、加納と話す時は言い方を工夫すればなんとかなるだろう。


「一緒にくれば良いだろ」

「いぇいっ、先輩大好き!」


 苺谷は嬉しそうに小さく飛び跳ね。

 指ハートを作ったと思えば、俺を置き去りにして集団へ向かう。

 そのすれ違いざま、ふわっと風に乗ってくるモモの香りで不意にドキっとしてしまう。

 

 だ、大好きって言ったか?

 そんな……まじで?

 

 いや、大好き言いながら俺を置いてったし、これは冗談やコミュニケーションの類で魔に受けるんじゃ——。

 

 ドンっと背中へ衝撃が走り、バランスが崩れる。

 そして受け身を取るかどうか迷っているうちに、気がつけば床へ転がっていた。


「っあ、ごめん、突っ立っているとは思わなくて」


 咄嗟に手をついて受身を取り、背後へ視線を向ける。

 銀色のピアスを片耳に二つ付け、パーマがかかったグレーな短髪で赤いポケットの男。

 モデル雑誌にも乗ったことある、このイケメンな3年生に見覚えがない生徒はいない。


「か、監査の東雲先輩、すみません」


 倍率1321、生徒会の金庫番。部活の資金が正しく運用されているか監視し、機嫌一つで間違いなく賭け恋愛部は終わる人物だ。


「あまり前を見てなかった、すまない」


 どうすれば穏便に済ませられるのか、それだけを考えていると察してくれたのか。


「大丈夫か? 名前は?」


 先輩は緊張が解ける優しそうな笑顔で手を差し伸べてくれた。


「あ、ありがとうございます、賭け恋愛部の中田——」


 良かった。生徒会長と同じ、会ってみると発言さえ気をつければそこまで怖くない人だ。

 失礼な態度がないように手を取り、起きあがろうとした。


「あぁ……君か」


 しかし、部活名と名字を聞いた瞬間、東雲先輩の顔が渋くなり、手を離され。

 結果、俺はもう一度床へ転がった。


「うぁっ、東雲先輩が救うと見せかけてもう1回転ばせてるぅ! 陰湿で可哀想っ!」


 直後、彼の背後から黒髪をお団子で編み。

 金色の刺繍が入った黒いチャイナドレスを着たスレンダーな人物。

 一年生ながら倍率1700で生徒会、広報に上がった国際学科のワン 雨桐ユートンさんが現れる。

 綺麗な足を露出させながら現れた彼女は、すぐさま東雲先輩を非難げにおちょくり始める。

 

 もちろん、この人も中国系アイドルとしてテレビに出ている。

 というか前も言ったように倍率が高いほど容姿も高いし、異性との噂がないと保証されている訳だし。

 Bクラス以上はメディアから声がかかり始め、Aから出てない方が可笑しいんだ。


「組織投票の可能性は考えるまでもなく、嫌がらせの為に何ヶ月も金を得るチャンスを棒に振ってまで倍率0.01に下げるもの好きもいない。ならば、残されたのは『いじめの報復』……クズに与える優しさほど無駄なものはない」


 一方、東雲はそんな彼女の言葉を気にもとめず。

 汚らしいものを触ったように手をハンカチで拭くと、何事もなかったようにグランドのイベントを眺めに行った。


 気分は道端で踏み潰されたアリ。

 まぁ、でもEクラスと違って消しカスを投げられたり、パシリに使われないだけマシか。

 改めてワンコイン、500円とからかうだけの苺谷は優しさが身に染みてくる。


「おぉ……っ! これがあのゼロポイントゼロワン」

 

 仕方なく自力で立ち上がり、裾を払っていると王さんがマジマジと覗き込んでくる。

 不意にチャイナドレスの胸元へ穴が空いていることに気づき、控えめに盛り上がる谷間へ視線が吸い込まれる。

 すると視線いっぱいに胸が急接近し、耳元へ吐息がかかるほど王さんが顔を接近してきた。


「触りたいなら……触ってもいいよ?」


 触りたいなら、触っていい。

 言葉に魔力が込められるのなら、その呪文候補第一号は間違いなくこの単語。

 胸は正直にいうなら触りたい……触ってみたい……だが、初めては好きな子が良い。


 金目当て、倍率目当てが当然になったこの世界で、好きってなんだろうな。

 少なくともこの王さんの目、これは好奇心や試すような気持ちはあれど他の感情なんてない。


「哇、触ろうとしたらファン達からボコボコだったのに、先輩かっしこい〜!」


 もう触る可能性はないと判断した王さんは歓声を上げ、俺を褒めながら笑えない中国ジョークを言ってくる。


「その冗談、全然笑えないですよ」


 純粋無垢な目で拍手し続ける王さんは「冗談?」と可愛くコテっと頭を傾げた。


 冗談じゃない……? っえ、冗談じゃないのか。

 好きな人当てただけで拷問、触っていいと言われて胸触ったら袋叩き……ここの生徒会、怖すぎるだろ。


「っあ、見てみて〜、あそこあそこっ!」


 少し引いた俺を楽しんでいる様子の王さんは、何かへ気づいて後ろを楽しげに指差す。

 その一瞬、産まれた隙に彼女は俺の腕を掴み、ぶんぶんッと俺の手で誰かに振り始める。


「ちょっ、何、なにがあるって?」


 しかし、あんな物騒なこと言いながらも外国人後輩が取る行動は幼くて可愛いな。


「見て、モデルの私が来ないからって騒動の写真が撮れず、東雲先輩が相当イライラしてるわっ!」

「——ッぺちゃくちゃ喋ってないで早く行ってこい! 俺を巻き込むな」


 無理やり引き剥がし「やー」と子供のように拒否する王の背中を、血管を浮かび上がらせてピクピクと眉をあげる東雲の方へ押す。


「きゃっきゃっ〜、っあ」

 

 倍率は東雲先輩より高いけど、広報で後輩だし、威圧的じゃない分扱いは気が楽だな。


「今日は楽しいこといっぱいで許すけど、また雑に扱ったら金玉潰すよ」

 

 去り際にわざわざ振り返って伝えてきた言葉と、現実味を感じさせるほど無表情で黒い目さえ無ければ。

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