第19話顔を隠したその写真、不味くないか

「真ん中に、座らなきゃダメ?」


 追加でポンっと叩き、無言の圧力をさらに与えてくる苺谷。

 はぁ……昨日、険悪になってなかったらまだ断れたけど、穏便に済ますためにも苺谷の言う通り動くか。


「私の横が嫌なら、別に彼女の隣でも問題ないわよ」

 

 一方、生徒会長は髪型はゆるいウェーブがかかったツインテール、他の人から気づかれないために伊達メガネを付けていた。

 服装は少し胸元が開いた白いTシャツ、半透明なブラウンの生地が折り重なった爽やかなスカート。

 パッと見た感じではグランドの威厳や高圧的な態度は微塵も感じられない。

 でもさっきから表情が固い上、機嫌がめっちゃ悪そう。


「生徒会長……その、なんて言うか」

 

 多分、デートする緊張に加え、俺らが争ってることでイライラしてるんだ。

 だって胸に頭が当たって苺谷の機嫌を悪くしたあたりで、生徒会長も露骨に顔を顰めていたのだから。


「何、用事があるならはっきり言いなさい」

 

 この作戦が失敗した場合、とち狂った生徒会長と家族総出で拷問してくるかもしれない。

 だからここはデートが成功すること……それに全力を出すことが最善。

 それなら今取るべき行動は、荒れている会長の気持ちを少しでも軽くする言葉をかける場面か。


「ありきたりですけど今日のコーデ、可愛いですよ。自信持って良いと思います」

「——っで、デートの時、服装を褒めるのは基本だものね。あ、ありがとう」


 顔を少し俯き、膝の上に両手を置いてごにょごにょ話す会長。

 普段から褒められているはずの彼女が照れている? いや、頬がぴくぴくと動いているし、笑いを堪えるのか。

 王の時もそうだけど…………どうやら本で培ったありきたりなセリフは笑われるみたいだ。


「ならきっと私も言うべきよね、貴方もかっこいいと思うわ」


 ひとしきり笑い終えた会長は姿勢を正し、真っ正面に褒めてくる。

 今日の服装は白いtシャツに黒いジャケットを羽織ったジーパン。

 急いでネット注文した服で、見る人が見れば季節外れでサイトを真似したって分かると思う。

 明らかなお世辞、それでも感じていた不安は解消されるのだから不思議だ。

 

「んっ……と」

 

 デート前に褒める偉大さを実感していると生徒会長は返事を待っていたようで。

 気がつけば互いに見つめ合うだけの変な空気が流れていた。


「ぇっと」

 

 俺まで褒められた時は、なんて返せばいいんだ?

 馬鹿正直にWebサイトを参考にしたって言うと気分を害すかもしれないし。

 かと言って、会長と同じ返しで嬉しい、ありがとうだと味気なさすぎる気がしなくもない。

 

「せんぱ〜い? 早く座ってください」


 悩んでいると猫撫で声の苺谷にグッと腕を掴まれ。

 気がつけば、二人の間へ無理やり座らされる形で押し込まれた。


「いいですか、生徒会長は500円じゃなくて6億とデートしに来たんです」


 舌に絡む唾液音まで聞こえるほど耳元で苺谷が囁いてくる。


「馬鹿でもそのサポートが目的って分かりますよね。いちいちお世辞を気にしてたらやってられませんよ?」

 

 それはよく分かるが……俺は股間蹴られ、無理やり連れてこられていることをお忘れでない?

 なんで拷問されることも知らないのに、俺がやる気に満ち溢れている前提で責めてくるんですかね。

 歌ってる時に『儲かるデート』って言ったことも聞き逃してないからな。


「さ、写真を撮りましょ、写真っ。生徒会長も先輩の腕を掴んでください!」


 反論する時間も与えないためか、苺谷はすぐさま次の話題へ移らせ。

 俺の腕へ強引に手を通すとスマホを取り出した。


「わ、私も?」

「当たり前じゃないですか〜」


 苺谷と俺が繋ぐのはデートという建前があるから理解できる。

 しかし、会長とまで繋がせる意味は100歩譲っても分からない。

 彼女を連れてきた肝心な生徒会長も、苺谷の真意が分からなげに困惑していた。

 

「すみません、こいつは言葉足らずで暴走しているだけなんで繋がなくても——」

「あ、当たり前……当たり前なら」


 ごくりっと喉を鳴らした生徒会長は「ごめんなさいっ」と上目遣いで様子を伺ながら遠慮気味に腕を通してきた。

 いや、こんな訳わかんない要求はぜんぜん当たり前じゃないけど。

 もしかして俺が真意を理解できないだけで、二人はもっと高次元なやり取りをしているだけか?


「はいっ、先輩は笑顔でダブルピースっ!」

「ダブルピース? 別にそんなキャラじゃ——ッイテェ」

 

 左腕をつねられ、仕方なく言われた行うと苺谷に素早く撮られる。

 あー……これ、世間に流出したら間違いなく会長と俺の人生が終わりだな。


「後はー、これを加納さんに送れば完璧です」


 あくまでビジネスライクとばかりに用が済んだら腕を突き飛ばし、スマホ操作する苺谷。

 まだ来てない加納に二人と腕を組んだ写真、一体何の意味があるんだと肩越しに画面を覗き込む。

 

「っな」

 

 下手な笑顔でダブルピースをする俺。

 咄嗟に顔を隠す生徒会長と指でハートを作る楽しそうな苺谷。

 これ————寝取られ、NTRもので見たことある構図だ。


「それ……送ったのか?」

「そうですよ、これで嫉妬間違いなしです」


 楽しみにしていたデート相手の女の子が、着く前に他の男へ抱きついていた。

 嫉妬どころか、俺が殺されそうな展開じゃないか。

 もしかして昨日の件の当てつけにはまだ足りなかったのか?

 

「苺谷、それ大変なことにならないか?」

「へっ?」


 気の抜けた声を出し、振り返った苺谷は手に持っていたスマホの画面を再確認する。


「なんか……顔を隠した生徒会長から『楽しそう』より『えっちぃ』雰囲気で出ませんか? これ」

「何か問題でもあったのかしら?」

「な、何でもないです! なんでも!」


 不運な気配を感じて覗き込もうとした生徒会長に。

 苺谷はスマホを隠し、そっぽを向いて知らないフリをする。


「苺谷さん」


 だが、微笑を浮かべながら手を差し出す生徒会長の圧力に耐えきれず。

 スマホをポケットから取り出すと苺谷はお手をする犬のように渡した。


「ま、まぁ……多分、勘違いはされないと思います——」

「お〜、みんな早いじゃないか。で、なんの話をしているんだ」


 援護しようとした俺の肩が誰かに掴まれ、背後から何もしない加納が呑気そうな声が聞こえる。

 良かった、まだ気づいてないようだ。

 今のうちに送信取り消しすればバレないだろう。


「翔……来る途中で付き合ったらさ、周りに祝福されてキャーキャー言われる事とか考えてたわけよ」


 っあ、もう遅かった。

 肩を掴む手の力が増えたし、なんなら震えているから既に写真を確認してるわ。


「いや、意図は分かってんのよ? でも無理やり奪われたことを想像させられてよ。その時の虚しさや喪失感ときたら……もう滅茶苦茶」


 責めるような口調でどんどん腕の力が強くなり、両肩を掴まれると無理やり回転させられる。

 まるでお化けみたいな恨めしそうな顔してるじゃねぇか、可哀想に。


「生徒会長ぉぉ、その写真どう思いますか?」


 加納はスマホを縦横に回転させ、観察していた会長へ助けを求め。

 その手にもっていた画面にはダブルピースしていた俺の馬鹿面を念入りに、何度も、拡大していた。 

 会長、そんな傷口に塩を塗る人だとは思いませんでしたよ。


「酷いすよね、そのか————」

「えぇ、酷く顔が隠れているけど3人共楽しそうよね」


 加納も、俺も、苺谷も、口をぽかーんと開けたまま言葉が出ない。


「な、何か、お可笑しい事を言ったかしら?」


 視線の意図が分からず、戸惑いながらスマホを苺谷に返す会長。

 そう言えば、前にピュア疑惑があったけど偽る意味なんかないし……本当だったのか。

 いや、そうか。

 グランドで初めて生徒会の人たちと対面で話したけど、みんなクセが強かった。

 捉え方次第では色恋沙汰や性に興味ないからこそ、黒姫さんは生徒会長という座へ上り詰めたのかもしれない。


「汚れってさ、自分が汚れてなきゃ気づかないもんだな」


 肩の手から力が抜け、空を見上げながら悟りを開いたような事を加納が溢す。

 はぁ……俺はもうデート前から疲れたんだけど。

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