第20話生徒会長、なんか怒ってない?

「会長、会長っ、加納さんに何か言う事ありますよね?」


 加納の様子を遠目で観察していた苺谷が、ヒソヒソと生徒会長へ耳打ちをする。

 そっか、そういえば来たばかり加納の服装を褒めてなかったな。


「おはよう、お前の私服とか久しぶりに見たわ」

 

 小学生の時から変わらず、ジェイソン・ステイサム憧れのスキンヘッド。

 額にはサングラスをかけ、黒いワイドパンツ、ベージュのビックtシャツ。

 実に動きやすそうで大人びた夏らしい格好。

 良い、実に素晴らしい、何よりも服が俺と被ってないところが最高だっ!

 しかも俺より個性もあって褒めどころが多い、これなら褒めるのに迷うこともな、


「何の事かしら? それより早く行きましょう」


 されど、肝心の会長は服装なんて見向きもせず。加納の脇へ手を差し込み、半ば強引に腕組みすると急かした。

 それはまるで苺谷の意図を全く理解してない、そう思えるほどの行動。


「っぇ」


 流石にその未来は予想だにしなかったのか、戸惑いを見せた苺谷。


「な、なるほどっ……あえて触れずに不安を煽るという訳ですね。さすが会長」

 

 それでもすぐに頷き、キラっキラっと尊敬の眼差しを向けた。

 流石……流石ってなんだ? 俺の頭がおかしいのか?

 

「俺を褒めて、あいつを誉めないとか、意味分からなくないか? しかもデートの基本は服装を褒める、そう会長が言った直後にガン無視だぞ」


 会長の背中を指差し、一人で納得する苺谷へコソコソと耳打ちで話しかける。

 

「分からなくなくないんですっ! はぁ……ま、先輩は500円ですもんねぇ」

 

 すると話しかけられた彼女はやれやれ、と小馬鹿に人差し指を振ってきた。

 この合間合間で挟む悪口は昨日の仕返しか? いや、平常でもこんなもんだった気がするし分からないな。


「服装の不安はデート中に一種の吊り橋効果を生みます。それを有効活用して不安が最高潮に達した時、カッコいいと言った方が決まるじゃないですか」


 おっぉぉぉっ? 吊り橋か、吊り橋効果は恋愛攻略本で読んだことあるぞ。

 確かあれは、

 恐怖で怯えている心臓が、異性に興奮しているか分からなくなって告白を受けちゃう奴?

 いや、断ったら橋から突き落とされるかもしれないから半分脅しみたいに感じる奴だっけ?

 

 まぁ……どっちにしろ、成功確率が上がるから関係ないかっ!

 なるほど、なるほどな、服装の不安をそこに使う裏技もあるのか。

 本に書かれてなかったが、言われてみれば確かに使えそうだ。


「たかだかデートと思っていたけど、褒めるタイミング一つをとっても戦略的」


 まじか、そんなのがデートだなんてめっちゃ疲れそうで嫌すぎる。俺はしなくていいや。

 ん? 待てよ。

 それじゃわざわざ俺を褒めたのは、この矛盾を理解してサポート出来るほどの能力か確かめる試験も兼ねた罠?

 危ねぇ、苺谷がいなかったら意図すら理解できないところだった。


「えぇ? 簡単ですよ、先輩は『ばななー』って鳴いていればいいんですよ」

「おい」

「じゃ会長の言う通り、みんな集まった事だし、行きましょうっ!」


 遠回しに頭が悪いと笑顔で言ってきた苺谷が立ち上がり、パッと手のひらを差し出してくる。


「おまっ、まさか勉強料まで取ろうってのか?」


 騙されて連れてこられた上、こいつは報酬を生徒会長から貰うんだろう。

 なんで俺がまた彼女にお金を払わなければいけないんだ?


「お前……この前のことまだ根に持っているのか? 金なら払わないぞ」


 絶対なる拒否を示すため、背中へ隠そうとした右手。


「——なッ、なにすんだ?」

 

 それを苺谷に無理やり掴まれると腕を交差させた上、手を繋いできた。


「心外ですねぇ、一応デートのなんですから手を繋がなきゃっ」


 それも指と指まで絡めさせるような恋人繋ぎ。

 一切の隙間が無くなるほどの密着で、少しだけ冷たく柔らかい手の感触が鮮明に伝わってくる。

 う……そ、だろ……夢にまで見た初めての恋人繋ぎがこんなあっさり。

 しかも、こんなロマンチックのロの字もない所で終わるなんて。


「繋げさせたいのはわかったッ、わかったけど! 俺らまでしなくて良いだろ」


 3秒ルール……そう、3秒ルールだッ! 今なら苺谷と接触したこともなかったことになる。

 そう言い聞かせながら一本ずつ、彼女の指を剥がそうと右手でこじ開ける。

 でも、そうすればそうするほど苺谷はさらに力が込め、抗ってきた。


「ふぐぐぅっ、自然なっ! 嫉妬と雰囲気ってものがあるんですよッ!」


 何度か、挑戦するも全く離してくれずに繰り返した結果。

 手のひらの中には二人の熱気が混ざり合い、蒸れが立ちこめる。


「はぁはぁ……もういい、とりあえず力を緩めてくれ、お前の汗で手が熱ぃ」

「こ・れ・は・全部先輩のっ! 手汗ですぅッ! 人のせいにしないでください」


 ぎゃーぎゃー言いながらも、苺谷も同じことを思ったみたいで手首に隙間を開け。

 久しぶりに新鮮な空気が手のひらを循環する。

 ——その僅かな隙を見逃さなかった俺は自分の方へ引き、指を強引に外す。

 そしてすぐさま背後に手を隠し、追いかけてくるかと身構えていた。

 しかし、苺谷の手は思いのほかにあっさりと敗北を受け入れ、空中で止まっていた。

 勝った、俺は勝ったんだ!


「騙してまで逃げなくても良いじゃないですか…………そんな嫌なら、我慢します」


 自由となった手を掲げるイメージで、心の中で勝利を祝う。

 すると、苺谷は力無い様子で手のひらを眺め、しゅんっと露骨に落ち込む。

 

「えッ、いや、別に、嫌というわけじゃ」

 

 なんか、物凄く悪い事をした気分。

 そりゃそうか、義務的と割り切っているのに異性から否定されたんだから。

 そもそも何でこんな拒否反応を示しているんだ? 恋人繋ぎとはいえ、たかだか手を繋ぐだけなのに。

 

 苺谷の目的は生徒会長と加納のデートを成功させること。

 そして俺も成功さえすれば6億が彼ではないとバレても、彼氏の方へ注目がいって有耶無耶になる可能性が高い。

 だから手を繋ぐぐらい、協力した方がいいと分かっているだろ。

 

 未だに手を開閉しながら「私、汚いですもんね」と物悲しげに呟く苺谷。


「っぅ、悪かった、悪かったよ、照れ隠しだよ」


 罪悪感に耐えきれず、その上へそっと手を重ねた。


「えへっ、せんぱい優しくてちょろいっ! 好きっ」


 パァッと笑顔になった苺谷はハエトリグモの如く、両手で素早く俺の手を捉えた。

 演技の切り替えはっやぁ……いや、分かってたけどさ。

 放っておくと周りの目も集まるだろうし、わざと引っかかってあげたんだし。


「ふー、そっか」

 

 苺谷の演技すらも想像の内である俺は、とりあえず落ち着きを取り戻すために深呼吸。

 苺谷の『好き』には全く意味を持たない、あれは自分の倍率を上げる過程で取得した技の一つだ。


「で、何をすれば良い?」

「だからー、イチャイチャ見せつけ。二人を嫉妬で萌やすんです!」


 嫉妬か、加納から聞いたアドバイスと同じだな。

 本人のアドバイスを本人へ実行する作戦を実なんてイカれてるんだ?

 普通に考えなら、ターゲットは俺のポジショ——そうか、そう思わせることがミソなんだ。

 会長は加納に『俺がターゲット』だと誤認 させたかった。

 けれど、加納に『誰が来るのか』と聞かれた時にうっかり来なくても良いと言ったからバレてしまったと。


「ッか、会長、痛いっす」


 やっとデート作戦の概要が理解できた時だった。

 楽しそうに前を歩いていた加納が突然、苦しそうな声で呻く。

 

「……」

 

 見るとゆるい服に隠されていた加納の腕の輪郭、それが遠目でも分かるぐらい力強く抉られ。

 女神のような微笑みで生徒会長は俺ら二人を、というより密着した手を凝視していた。


「な、なぁ……? 生徒会長、あれめっちゃ怒ってないか?」

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