第18話帰さないです、ゼッタイニ
週末、カップルやら学生などがひしめき合う電車から一人だけで舞浜駅を降りる。
レンガ調の壁や白い柱で建てられた駅舎、警察が荷物検査する横を通り過ぎ、ヌードの男女やTENGAオンラインマッチングなどの広告が並ぶ改札口を抜け。
外は数々のホテルやショッピングモールが駅を囲うように並んでいた。
「わりと一人もいるんだな」
東京ユニバーサルスタジオジャパン、か。
あまりにも突然な出来事に思わず「べ、別に良いけど」と苺谷の提案を受けたが……間違いかもしれない。
「だって、デートってことはお揃いのカチューシャとか買うんだろ?」
いや、要らなくね?
ここでは馴染めるし笑いになるからいいけど、帰った後どうするんだ?
誰もいない自室で後輩とお揃いカチューシャ見つめ、冷静になるのとか嫌なんだが。
「まぁ……それより今は苺谷が俺を好きな方が問題か」
0.01であることを馬鹿にしていたし、最後があれだったからもう二度と会わないと思っていた。
それがまさか……デートに誘ってくるとは。
つまり好きな人に構ってほしくて馬鹿・悪戯するタイプで、ドMだったってこと?
てっきり下駄箱で大好きとか、冗談だと思っていたのに。困るな。
「しかし、可愛いと思ったことがあっても好きと自覚したことがないんだよなぁ」
改札にSuicaをかざして出た俺は、スッと立ち止まる。
もしかして、こんな状態でデートするのは失礼じゃないか?
デートって好きな人同士で行く物であって、なぁなぁの軽い気持ちでするものじゃない気がする。
何より、昨日の今日は流石に俺が気まず過ぎないか?
いくらあれで好かれたとしても、あんな大声で出て行けって言った後で、どの面下げてデートすりゃいいんだよ。
言葉のキャッチボールを全部こぼれ落とす自信さえあるぞ。
「うーん、弱腰という訳じゃないけど、どう考えても失礼だし……止めるか」
確か、待ち合わせ場所は舞浜駅南口改札を出たベンチだけど帰ろう。
苺谷には悪いが、お腹痛くて下痢気味とかメッセージを送ればなんも言えなくなるだろう。
『悪い、下痢で1時間以上トイレにこもってまだ家にいるんだ。今日は無理そう』
意外にもすぐ既読がつき、ピコっと返信が返ってくる。
『そうですか…………残念です。全部、先輩が悪いんですよ?』
俺が悪い? 仮にも下痢と言っている人へ何言ってんだ。
生理現象なんだから仕方ないだろ、よくそんなんで倍率3桁まで行けたもんだ。
『悪いな……俺も楽しみにしていたけど』
「ふぅーーうっし、これで気兼ねなく帰れっぞっ! せっかく来たし、何か食べてから帰ろっかな〜」
楽しみというよりストレスだったが、気分を悪くさせないように嘘をついて送信。
それ押した瞬間、背後から「ピコッ」とLINEの通知音が鳴る。
「——っは?」
後ろからふわっと吹いた風が、嗅いだことのあるピーチの香りを鼻へ届け。
喉は硬くなり、額から冷や汗が流れ落ちる。
『さっきから、全然そう見えないですけどね』
視界の隅で自分の股へ誰かの足が差し込まれ、スマホには新しいメッセージ。
油断した、多少なりとも好かれていることに浮かれていたから隙が。
「たかがいちごミルク一つ溢したぐらいで、騒ぐからモテないんですよっ! この500円ッ!」
「ッやめ、やめ——————」
逃げる間も無く、足はそのままレーザーのごとく一直線に玉へ直撃。
つま先から背骨、そのまま脳天を貫く電撃で視界が真っ白に霞む。
脳裏にはまるで玉が入った袋が二つに引き裂かれた幻覚。
「カッ……カッ…………グチュ…………」
おデ、にんげんのまえ……カニ。
あわ、あわいっぱい、クチでてくりゅぅ……。
「ふぅぅー。さぁっ、気分もスッキリしたところでデート行くんですよっ、デート! 先輩っ!」
力なく倒れる俺の背中に、むぎゅっと柔らかい二つの感触。
無理やり両脇へ腕が通され、逃げないように俺の胸で握ってガッチリ固定される。
いちごたに……ちがう……スきなひと、こんなことしない。
こいつ……スきじゃない、ウラ、ゼタイ、ウラある。
「やだ、かえる……いえ、かぇして」
もはや先輩後輩の関係とか考慮する余裕すらない俺は、両手で股間を押さえ。
恥とも思わずに首を振り、涙ながら弱々しく苺谷へ頼みこむ。
「デートっ〜、デートっ〜、せんぱいと楽しい、楽しい〜儲かるでぇ〜と〜」
だが、彼女は聞くすら耳を持ってくれず、ご機嫌に変な歌を歌い。
一段と背中へ胸を押し付け、後ろ歩きでどこかへ引きずいく。
終わった……構図も展開も完全にサイコパスな殺人鬼が被害者を解体するシーンだ。
「っあ、おはようございます! ちょうど先輩に会ったんで一緒にきましたっ!」
「えぇっと……その、彼は大丈夫なのかしら?」
いい天気だな、これから苺谷に売られて拷問されるとは思えないほどだ。
誰かと話したかと思えば、苺谷はベンチへ座り、俺を「よいっしょ」と自分の体に寄りかからせた。
膝の上に座るでも、肩を借りるでも無い。
ベンチから下半身を全部投げ出し、上半身だけがギリギリベンチの制空権に止まっている状態。
そんな感じで彼女の胸の下、そこで頭を休めさせられ、道行く人を映めている感じ。
「……なんだこれ」
おでこだけは苺谷の胸で影が出来ているけど、目から下はバンバン日差しが当たる。
その温度差でただの影にもか変わらず、胸によって生じているのだと変な付加価値が生まれている。
俗にいう乳カーテンとは、この事か?
しかし、あれは胸と衣服が化学反応を起こした結果、腹部に隙間が生じる現象を示す単語だったはず。
なら、これは雨宿いの屋根が胸になった版、乳宿り的な感じが適切な表現か?
ダメだ、脳に余裕がないとくだらないことを永遠を考えてしまう。
「いちごたに、これ何ふご」
「先輩、楽しすぎて電車で酔っちゃうぐらい夜更かししたみたいなんですよ」
とりあえず胸は置いておいて、状況を聞こうとすると苺谷に口を塞がれ、頭を撫でられる。
犬じゃねぇんだぞ、何してんだ。
「そう……二人のデートがそんなに楽しみなら悪いことしたわね」
「いえいえ、生徒会長大丈夫ですよ。っね、先輩っ」
ん……今、生徒会長って言ったか? デート場所はUSJ。
もしかしてしなくても加納たちのデートに参戦してないか?
————あぁッ、昨日言っていたデートの嫉妬要員ってのが俺たちって訳か!!
つまり俺が呼ばれたのは苺谷とイチャイチャ、加納に嫉妬させて発展する作戦。
なら、まだ加納が来てない今が作戦の詳細を聞く・苺谷に文句を言うラストチャンスか?
「全然、状況が掴めないけど、とりあえずその話は嘘だ。帰ろうとしたらこいつが————」
真実を話そうとした途端、ぎゅっと蜂に刺されたような痛みが胸へ走る。
見てみると苺谷の左手が自然な形で胸の上へ置かれ、小指と手のひらだけで左胸付近をつねっていた。
「せーんぱい? 帰ろうとしたんですか?」
さらに苺谷の持っていたショルダーバッグが股間の上へポンっと置かれる。
こいつ……さっきといい、息子まで平気で人質に取るだなんて。
男をなんだと思っているんだ、人でなしが。
「あ、あぁ……眠れなすぎてこのザマだ。もう、もう大丈夫」
しかし、チクられたくないのは良いとして、作戦の詳細ぐらいは教えてくれても良いんじゃないか?
もしかしていつ加納が聞いているか、分からないから念には念をってこと?
それならこんな騙し討ちじゃなくて、昨日の時点で教えてくれても良かっただろ。
っあ……昨日機嫌悪かったから、騙し討ちしたってことか?
まぁ、それなら仕方ないか。俺が悪いな。
というか——目元だけ影の下とはいえ、流石に顔半分が暑すぎるっ!
ッもう我慢の限界、起きる!
「ッあ、先輩ちょっとまっ」
『ぽんっ』と柔らかい感触が後頭部をかする。
あー、見上げて胸越しだったんだから起き上がったら当たる……か?
それが現実かどうか、苺谷の反応を確かめるために振り返る。
「っぁ、その……悪い」
デニムパンツで綺麗な脚を出し、白い髪とは真逆の黒いフリルにピンクのリボンが付いた半袖。
思わず見惚れ、言葉を詰まらせるほど普通に可愛いコーデの苺谷は、
「どうしたんですか、先輩? 横、横、座らないんですか?」
責めるような細目でじっと睨み、眉をピクつかせて自分と生徒会長の間を叩いてくる。
笑顔でめっちゃ怒ってる、けど…………その地獄みたいなポジションへどうしても座らなきゃダメか?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます