第29話よく慣れた反応

「わ、分かった、分かったから! その——離しなさいッ」


 目的が達し、用が済むと命令口調で強引に俺を振り払う。

 この拒絶反応……懐かしいな。

 たしか初めて倍率0.01まで下がった時、自分の価値も下がるとかでクラスの女子からも同じ返された。


「かいちょ〜、どしたんです? どこ行くか決まりました?」

「えぇ、えぇっ……ジェラシックパークエリアへ行くわ。が行きたいみたいのでッ」


 異変を感じ取った苺谷がサポートにくると、生徒会長は即座に凛とした態度で受け答える。

 やり過ぎたか、倒置法に攻撃的な意図を感じるのは気のせいとかじゃないよな。

 陰キャらしく勝手に勘違いしたけど、求められていた行為はもう少し緩い方だったかもしれない。


「なぁ……お前、なんか怒らせるようなこと言ったか? グラウンドの時みたいで怖いんだが」


 露骨にそっぽを向く態度や言葉の節々へ含まれる冷たさ。

 気づかない人がいないレベルのそれに気づいた加納がこっそりと話しかけてくる。

 奇遇だな……俺もあの奥にどんな思考が渦巻いているのか、気が気じゃないぐらい怖い。

  

「あぁ、デートに必要なことだったとはいえ、少しやり過ぎた」

「必要なこと?」


 っあ……加納は会長の親から見張りが来ていることも、拷問される可能性があることも知らない。

 少し脚色して伝えたとしても怯え、デートどころじゃなくなるか。


「あー、なるほどッ!」


 どう返事を返そうかと下唇を噛み。

 目を泳がせながら悩んでいるとパンっと手を叩く音が聞こえ。


「小学校の時も思ったけど、お前ってつくづく損する奴だよな」


 身構えていると懐かしい話を持ち出し、「そこまでやってくれるのか」などと加納は頷きながら褒めてきた。


「どうゆう事?」


 詳しく聞こうとしたが人差し指を上げ。

 誤魔化さなくても分かる。そう、自信満々な様子で肩まで組んできた。

 アーーッ、もうっ!

 なんで俺の周りは自分を信じて疑わない奴ばかりなんだろ。

 苺谷といい、勝手に推測するのが最近の流行りなのか?

 

「んあ、ほら、一人が嫌われれば相対的にもう一人の評価が上がるじゃん? それを狙ったんだろ?」


 だが、幸い。

 イマイチピンと来ていない俺の顔で不安になった加納はヒントをくれた。

 

 なるほど……イチャにイチャを足すのではなく、引き算的な盛り上げ方。

 本人が他人の悪口を言えば嫌な奴だが、他人が他人の悪口ならマイナスもプラスだ。

 わざと嫌われて持ち上げたと思われたのか。

 

「相変わらず察しがいいな、全て狙い通りだから安心しろ」

「っへ、よく会話してたのは伊達じゃねぇぜ? この程度、軽いもんだ」


 全く正しくない回答に全力で乗っかり、ヘラヘラと笑う。

 その結果、加納は「ビビらせんなよ、全く」と背中を叩いて来る。

 小学生の時の俺……わざわざ他人を持ち上げるために嫌われるとか、どんだけ捻くれた奴だと思われてたんだよ。


「先輩たち何してるんですか、早く行きますよ!」


 地味にダメージを食らっていると苺谷の声が呼び声が聞こえ。

 気づいた時には二人は遥か遠くまで歩き始めていた。

 普通なら加納と歩くべきだが……何せ今の生徒会長はMAXレベルに機嫌が悪い。

 振り返り側に苺谷が小さくウィンクしてきたし、落ち着かせる役目を買って出るってことはだろうか? 有難い。


「悪りぃっ、悪りぃっ、今行く」


 駆け出そうとすると示し合わせたように、加納は同じタイミングで足が出る。

 

「少しぐらい待ってもいいのにな」

「まじでな」


 少し機嫌が治ったようで楽しそうに談笑する二人の後ろ姿に、俺らも冗談混じりに愚痴をこぼす。

 

 何も考えず、キャッチボールの如く反射で言葉を投げ返すだけの会話。

 加納は唯一の友達、とお世辞を言ってくれたが、新しい友達に比べて俺がつまらないことはよく分かっている。

 例え、デートを無事に成功させるための一時的な物だとしても心地いい。


「それにしてもせっかくデートなのに、メガネって残念だよな」

「そうか? 似合ってるし、可愛いと思うけど」

 

 何気なく返すと「う、うん」と喉に詰まったようなスッキリしない様子で返して来る。

 言い間違えたか?

 会長とデートできるならメガネや髪型ぐらい、残念がる要素にはならないと思って否定したんだけど。

 それともメガネで素顔が隠れて残念、みたいな意味合いだったか?


「なぁ、翔……お前、恋したことあるか?」


 すると、急に加納から辺な質問をされる。

 これは……もしかしてマウントされているのか? 好きな人がいた事がないから分からないんだろ的な。

 舐めていた……まさか、メガネへ賛同しなかっただけで、恋をしたことがないとバレるなんて。


 どう答えるのが正解だ?

 嘘をついた方が、サポートする際の信頼が得られるのは確実。

 でも誰が好きなのか、初恋が誰かなんて話題の流れになったら間違いなく詰む。


 脳をフル回転して悩む。

 そんな俺の目に神妙な顔立ちで自分の胸へ手を置き、心臓の鼓動を確かめるように真剣な加納が映る。


「ごめん、ないから分からない」

 

 気づいた時には答えていて、俺は何が起ころうと受け入れる心構えをした。

 

 好きな人ならなんでも可愛く、カッコよく見えるバフがかかるのかと思ったけど。

 加納のこの変化具合を見るからに違ったようだ。メガネが性癖外のアンチなのか?

 

「そっか……じゃ、聞いても分からないか」


 聞いても分からない。

 胸に引っかかりを感じるのは無能だと言われたみたいだから?

 あるいは突然つけ離されたから?

 

 たぶん、中学で知らない間に生まれた経験の差が恋に現れ。

『聞いてもわからない』

 それが図星で、事実で、反論できなかった自分自身が情けないんだ。


「ごめん、役に立てそうにない」

「っはは、悪い、馬鹿にしたとかじゃないから気にするな。頼りにしてっから」

 

 結局、選択肢をミスった俺に、頼りと言いながらも加納はそれ以上会話してくれず。

 

「先輩、整理券が要らなくて助かりましたねっ」


 気まずい雰囲気のまま、気がつけば目的地の真ん前まで到着していた。

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