第15話今日は6億がいつもより生き生きと人の間を流れてらっしゃいますね
不味い、本来の目的だった二人の話を全く聞いてなかった。
先ほどあんなに盛り上がっていた人々は散り散りになり、グランドには加納が惚けた顔で空を眺めて座り込んでいるだけ。
話が終わってしまったのか。
それにしては金を貰おうと集まっていたのになんでこんなに空いてんだ……?
「ちょっといいか、どうしてあの男に話しかけないんだ? 金が恵んでもらえるかもしれないのに」
たまたま近くにいた同じ学年の男へ声をかけると、
「はぁ? お前はあの最っ高にゾクゾクする美声を聞いてなかったのか? 目障りで五月蠅い、だから本人以外からは話しかけるなってよ」
鼻息をふかし、少し興奮気味に変わった彼は親切に教えてくれる。
「質問はそれだけか」と確認しきたので、俺が頷くと校舎の方へと戻っていった。
「なるほど……生徒会長も考えたな」
知らない奴から金を要求され続けたら、いつ爆発して好きな人を言いふらし、マスコミが嗅ぎつけるか分からない。
噂が広まってから『適当に設定した』と弁明するのも面倒、だから先回りして口止めをした訳か。
しかし、これで話しかけるだけで注目を浴びるから自白を促すのが面倒になった。
未だ加納は魂が抜けたままだけど、会長は一体どこまで話したんだろう。
身に迫る拷問の話も聞かされたか?
それともあの気迫で脅されたから放心しているだけのか?
「……っ、し、しょう?」
ふいに名前を呼ばれ、思考を止める。
それぞれ明後日を向いていた目の焦点が徐々に戻り、口元が震えながら開いた加納と目が合う。
っあ、これは宿題をやってなかった時の困った目、構えてなければ不味いk。
「————たっ、助けてくれッ! 相談があんだッ!!」
次の瞬間。
自転車がぶつかってくると勘違いするほどの勢いで腰に飛びかかりってきて。
俺の足はズルズルと砂埃を上げながら後退する。
「ちょっ、あぶっ! ちょ、どうし、どうしたんだよ? 話は聞くから」
幸い、事前に身構えていたおかげもあって蹌踉めくだけで済んだ。
「か、金はあげねぇぞ?」
「いらねぇよ……そんなの」
それにしても「本当か?」と慎重に再確認までしてくるんだから、苺谷が広めてからよっぽど酷い物乞いにあったんだな。
「本当だって、いらんいらん」
ズビッと鼻を鳴らし、立ち上がった加納は優しく手を回し、力強く抱きしめてきた。
「金借りたいぐらい金欠なはずなのに……それを俺は見捨てたっていうのに」
金欠……?
あー、そういえば一昨日は金借りようとして、とぼけられて逃げられたんだった。
だったら金をせびった方が怪しまれないか?
「金で態度変える奴は、金で人を捨てられる人間だ……やっぱ小学からのお前が唯一の友達だぁ」
oh、セーフっ……セーフだけど、心がイタイッ。
そもそもの原因が俺だとしたら一体どんな反応をさせるんだろ……素直に白状してスッキリしたいけど、次の拷問は俺になるから言えないしな。
「俺はそんな良い奴じゃないよ。ほら、他の人たちも聞いているから放課後、放課後にでも賭け恋愛部の部室来ないか?」
とりあえず加納を優しく支え、周囲の人々から視線が集まってきたのもあって部室へ誘導する。
「賭け恋愛部…………そんな部活あったか?」
「前通っただろ?」
「前っていつのことだ?」
冗談かと思って笑った。
けれど、加納はまるで心当たりがないのか、頭を捻って思い出そうとし始める。
思い出が全て入った部活、知名度がないことは理解していたから悲しくはない。
でも、心に釣り針が引っかかり、少しずつ引き裂かれるような感覚。
多分、これは部室前で会ったにも関わらず。
出てきた部屋にも、拭いてたものにも注目しない程度、そこまで加納の中で、俺の存在は下がったと分かったからかな。
放課後、すぐ俺のクラスへ来た加納。
「ここって、前に会ったとこ……へ、へぇ~、こんな所に部室があったんだっ!」
説明しながら部室の前へ着いたところで、看板に気づいた加納は気まずさを誤魔化そうと声量が上がる。
もう仲の良かったことも全て昔のことだって分かったから、今更気にすることなんてないのに。
部屋に入って定位置へ座ると、加納は「どっちに座ればいい?」と苺谷、会長が使った椅子を指さす。
「椅子は、そうだな……それでも使ってくれ」
変に対面で話すのも違うだろうし、と一番近い斜め右にある苺谷の椅子を勧めた。
「こ、ここに盗聴器とかないよな? スマホで録音もやめてくれよ?」
「そんなの無いから安心しろ、今の日本で少年犯罪なんて命がいくらあっても足らないだろ」
「それもそっか。はは…………まずさ、会長には嘘ついたけど俺、6億なんて当ててないんだ」
乾いた笑い声をあげた加納は「よいしょっ」と年寄みたいな声で座る。
「へぇ、そうなんだな。ついてないな」
「意外とびっくりしないんだな、外の奴らなら大騒ぎしそうなくらいなのに」
あいにくと挨拶がてらの中身がない話には興味ないからな、適当な相槌を打たせてもらう。
さて、ここからどうやって本題である6億の話へ自然に持っていこうか。
生徒会長と何を話してたことを確認してその流れから恐怖心を煽ってぇ…………ん?
6億……? 今、もしかしてさらっと6億の話をしなかったか、こいつ。
「ごめん、6億がなんだって?」
「おいおいっ、まさか聞いてなかったのか? おいおい、頼むって、まじでッ!」
不信感を抱いた加納は机へ両肘をつき、ツルツルな頭をカサカサっと掻き乱すと「ふぅー」と息を吸って整える。
そして話して大丈夫か、と今一度見極めているようでじっと見つめてきた。
「6億を当てたのは俺じゃない。60万当たったのを勿体ぶってクイズ出してたらさ、どっかの馬鹿が勘違いして会長にチクりやがった」
「っあ……あぁ、それはついてないな」
意外とすんなり白状してくれたことに驚きつつ、加納が座っている椅子を使っていた馬鹿が頭によぎる。
しかし、60万か……俺とは見事に逆だけど、まさかそんな偶然はないよな。
「当てたのは、もしかして大沢じゃない……よな?」
「すっげぇッ! 正解、これが賭け恋愛部の力かよ! エスパーッ!!」
外れて欲しい、そう思っていた気持ちとは裏腹に加納は興奮して立ち上がって拍手してきた。
そんな、じゃ加納は大沢さんが俺のことが好きかどうか分かるって訳か。
「隣クラスの石沢見てた時、一段と笑顔が輝いてることに気づいてよ」
「あぁぁぁぁぁぁぁぁーー!」
「見事ビンゴって……大丈夫か?」
ガンっと机に突っ伏し、肺の空気を全て吐き出す。
違った、俺じゃないんだ。あんなに挨拶で微笑んでくれたのに。
そもそも笑顔が輝くってなんだよ……全部同じにしか見えないだろ、難し過ぎるだろ、勘違いするだろ。
「もしかして……好き、だったのか?」
「別に、好きとかよく分からないけど、俺じゃなかったんだって勝手に失望しただけ。良いから早く本題の6億にいこう」
「お、おう、本題、本題ね……賭け恋愛部の実力も見せて貰ったし、翔だし、言っていいか」
6億の話題も出したのに今更覚悟とか躊躇する必要もないと思うんだけど。
可哀そうに……ウチの苺谷とかいうトラブルメーカーのせいで随分と臆病というか、頭がやられて。
「――俺、り……生徒会長からデートに誘われた」
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