03

 賀古さんと会えなくなった次の日、家のポストに百円玉が入っていた。さわってみるまでもなく、すぐに賀古さんが持っていた百円玉だとわかった。

 次の日も、その次の日も、百円玉は一日に一枚ずつ、ポストに入っていた。賀古さんがうちを知っていたのは意外だったけど、それ以上にうれしかったし、寂しくなった。この頃にはもう、わたしは賀古さんに避けられていることを悟っていた。

(泉さんけっこう鋭いみたいだし、私と歩いてるとダメがうつるかも)

(今日のぶんの百円玉、忘れてた。あげる)

 最後に会った日の賀古さんの声が、頭の中によみがえってきた。

 いっしょに歩くのはだめだけど、今日のぶんの百円玉はくれるんだ――わざわざわたしの家まで来て、ポストに一枚だけ百円玉を入れていく賀古さんを想像すると、胸が苦しくなった。

 賀古さんは優しい。自分の家のことだけできっとすごく大変なのに、こうやってわたしに「今日のぶん」を届けてくれる。何にもしてないわたしに、そこまでやってくれる賀古さんの心がよくわからない。でも、心配だった。

 夢に出てきた賀古さんの(たすけて)は、今でも頭の奥にこびりついている。それは自分の頭の中から生まれてきたはずのもので、現実の賀古さんはそんなの、一言もわたしに言ったことないのに。

(賀古さんのこと、わたしが助けてあげられたらいいのに)

 どうやったらいいのかわからないけど、賀古さんもきっとだれかの助けが必要なんじゃないかと思う。

 お父さんもお母さんも「二人ともダメになっちゃってる」っていう賀古さんに、助けが必要なわけがないと思う。

 でも賀古さんには学校とか児童相談所とか、ふつうに大人を頼るつもりがない。だからどうやって助けてあげたらいいのかわからなくて、そのうち、わたしはおばあちゃん家に来ることが決まってしまった。

 その何日か前から、わたしは百円玉を使うのを止めていた。全部手放してしまうのがどうしてもいやだった。夜中の声は、そういうものだと思って放っておけば案外平気だった。枚数が多いとやっぱり声も少し大きくなって、今では何人かの男女がぼそぼそしゃべっているように聞こえる。何を言っているのかはわからない。聞きとろうとしても眠くなってしまって、気がつくと決まって朝なのだ。

 手元には百円玉が七枚ある。

 使っていないと知ったら、きっと賀古さんはすごく怒るだろう。

 今度こそほんとうの絶交になるかもしれない。

 でも、どうしても、これを手放してしまうのがいやだった。


 お母さんが出かけているすきに、わたしも外に出た。特に何って用事があるわけじゃない。とにかく外に出てみたかった。

 人気のない、民家と畑と駐車場が目立つ退屈な風景の中、あてもなくママチャリのペダルをこいだ。通り過ぎていく景色を眺めながら、(どこに百円玉を置こうかな)なんて考えた。

 このあたりはお店が少ない。賀古さんはひとつのお店に百円玉が集中しないように気をつけていたけど、この町で同じことをするのは難しい。めったに来ない電車に乗って、少し遠くまで足を伸ばさないとならないだろう。さもなければ、そのへんの家のポストにだまって投函してしまうか。でも賀古さんは、そういうことはきっとしないんだろうな、と思う。わたしの家に持ってきてくれるのは、例外中の例外だ。

 その辺に置いておいて拾わせる作戦も、人が少ないから難しい気がする。下手したら一日中、だれも来ないかもしれない。ここは、ああいうバイトには向かない町だ。

 あっちの家を出ておばあちゃんの家に来る直前、わたしはポストの上に手紙を置いてきた。もちろん、賀古さんにあてたものだ。

 この家をしばらく留守にすること、毎日百円玉を入れてくれてありがとう、ということ。色々書きたくなって悩んで、結局それだけ書いた。持ってきてもらった百円玉を、使わずに持っていることは内緒のままだ。

 あの手紙はちゃんと読んでもらえただろうか? もしも届いていなかったとしたら、賀古さんはわたしの家のポストに、今でも一日一枚ずつ、百円玉を届けてくれているかもしれない。

 考えているうちに、胸の中がざわざわしてきた。賀古さんには何かしてもらってばかりだった。なのにわたしは逃げ出して、賀古さんをひとりにしてしまった。

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