04
賀古さんと面と向かって話したのって、そういえば初めてだったかもしれない。こんなふうに人の顔を見て、こんな話し方をする子だったんだ――そんなことに感心したというか、不思議なくらい心を動かされてしまって、気がつくと返事ができないまま何秒か経っていた。賀古さんは(なに? こいつ)みたいな顔でわたしを見ている。何か言わなくては。それで、
「あの、えーと、ごめん。なに? それ」
としどろもどろになって尋ねた。こんな言葉しか出てこなかったのは、このときけっこう緊張していたからだ。我ながら変だと思った。全然仲よくなかったとは言っても賀古さんはわたしのクラスメイトなのに、どうしてこんなにどきどきしながら話しかけなきゃいけないのか――自分の心のことなのによくわからなかった。
「これ?」
「そ、そう。百円玉」
賀古さんは露骨にいやそうな顔をして、「ふつうの百円玉だけど」と吐き捨てるように答えた。
「その、そうじゃなくて、何でこんなとこに並べて置いてるのかっていう……てかさ、一昨昨日くらいにひばり公園の近くの自販機のおつりのとこに百円入れたのって、もしかして賀古さん?」
「なんでそんなこと聞くの?」
そう言った賀古さんの顔を見て、ああやっぱり賀古さんなんだ、と直感した。わたしはすぐに答えた。
「欲しいから」
「お金?」
「ちがう。同じ百円玉……ってか、何だろ。ふつうの百円玉じゃなくって……」
どうやって説明したらいいんだろう。さわるとネチョッとして、手放すとほっとする百円玉、でわかってくれるだろうか?
賀古さんはわたしの顔をあきれたような表情で見つめている。急にすごくはずかしくなって、耳が熱くなった。今わたし顔真っ赤だな――と思うと余計にはずかしい。
「……
賀古さんは不満そうな顔で、わたしの名前を呼んだ。覚えていてくれたんだ、と喜びそうになって、慌ててやめた。
「この百円玉がなんなのか、私もよく知らない。とにかくその辺の、人が拾いそうなところにちょっとずつ置いてくれって言われてんの」
「……なにそれ」
本当に何なのかわからない。賀古さんはちょっと笑って「バイト」と答えてくれた。
「変なバイトでしょ。でもほんとだから」
一枚あげようか、と言いながら、賀古さんは肩からかけていた古そうなポシェットに手をつっこみ、百円玉をつまみだすと、わたしの方に腕をのばした。
「いいの? ありがとう……」
あまりにもあっけなく手に入った百円玉を受け取ると、やっぱりネチョッとしたいやな感じがあった。この百円玉だ。
わたしはそれを、賀古さんが座ってるとなりのベンチに置いてみる。ほっとするかなと思ったけど、しなかった。置いたままちょっと離れてみる。
「ダメだよ。ちょっと置き去りにしたくらいじゃ。本気で手放す感じでいかないと」
賀古さんがちょっぴり笑いながら言った。笑うと案外かわいいな、と思った。真顔の時の仏頂面がゆるんで、急に同い年の女の子が出てくるような、そういうちょっとした変身を見た気がした。
「賀古さん」
「わかる。それ、どっかに置いてくるとき気持ちいいっていうか……とにかく使っちゃうとか、だれかにあげちゃうのがいいよ」
じゃあね、とつけ加えながら、賀古さんは立ち上がった。Tシャツにひざ丈のジャージをはいていて、ジャージの裾から糸が出ている。Tシャツもよれよれで、よく見るとファストファッションとゲームのコラボのやつだった。最近のやつじゃなくて、去年とか一昨年とか、その辺に発売されたものだ。
そんなことを考えている間に、賀古さんはさっさと歩いていってしまう。わたしは慌てて「じゃあね!」と声をかけた。
手の中の百円玉はどこかネチョッとしていて、持っているとだんだん重くなるような気がした。コンビニを見つけて中に入り、パックのジュースが安かったので買った。
レジには髪を明るい茶色に染めた若い女の人が立っていて、その人に百円玉を渡したけれど、特におかしな様子はなかった。でも、あの「ほっとする感じ」はちゃんとやってきた。心が急にあったかくなって、もう全部大丈夫だよって誰かに言ってもらってるような気がした。
あの百円玉を置いていったのは、やっぱり賀古さんだったのだ。
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