03
二回目のときは別の自動販売機だった。やっぱりおつりが出てくるところに百円玉が一枚余計に入っていて、拾うとねちゃっといやな感じがするけど、手放すとほっとする。自販機に投入し、飲み物のボタンを押して百円玉がわたしのものではなくなる瞬間、そのときの安心感。
この「ほっとする感じ」が、わたしにはとても心地よかった。ほかの場所にもこの百円玉はあるのだろうか? 前に拾ったところはどうだろう?
その日は自転車であちこちの自販機を回って、おつりのところに手を入れてみた。知らない人から見たら、たぶん小銭を集めてるように見えるんだろうな(実際、小銭を探してるのは事実だし)なんて思うとはずかしくなったけど、それでもやめられなかったのはもう一度あの「ほっとする感じ」を味わいたかったからだ。
どうしてさっきの百円玉をとっておかなかったんだろう? 前と同じように自販機の中に入れてしまったことを、ペダルをこぎながら後悔した。どうやったらあの感覚が味わえるのか――たとえばそのへんにちょっとの間放置するだけでもいいのかとか、色々試してみればよかった。
わたしはいつもちょっと不安だ。すごく不安じゃない、ちょっとだけだけど。
指先にできた小さなけがで全身の血を失って死ぬビジョンは、相変わらずわたしの頭の片すみに潜んでいる。それはわたしの心を少しずつ、本当にわかんないくらい少しずつだけど削っている気がする。貧血で動くことができないまま、そのへんでつまづいたとかのつまんないミスを嘆きながらだんだん死んでいくのはいやだろうな。そんな死に方したくないな。死にたくないな――
うっかり深く考えすぎて、頭がくらっとした。わたしは自転車を停め、ゆっくり息を吸ったり吐いたりしながら、頭のクラクラが通り過ぎるのを待った。
次の日も、その次の日も、わたしは百円玉を探した。
三日目はあまりに夢中になっていて、おまけに夏期講習が夕方から始まる日だったから少し帰るのが遅くなってしまった。お母さんから携帯に電話があって、わたしは慌てて家に帰った。
「どうしたの? やけに遅かったけど」
まさか百円玉探してた、なんて言えない。
「ごめん、塾の後ちょっと友達としゃべってて」
「へぇ、あんたにそういう友達いたの」
お母さんはうっかり口に出してそう言ってから、しまったという顔をした。わたしが嫌がることを言ったかもって、口にしてしまってから気づいたのだ。わたしは聞こえなかったようなふりでスルーした。
お母さんはちょっとほっとしたらしい。
「たまにはいいけど気をつけてよ。最近ぶっそうだから。駅の方で中学生がお金とられたりしたんだってよ」
と話をもっとそらそうとして、それで気まずい空気をなかったことにしようとする。わたしも今すぐ文句があるわけじゃなかった。色々追求されるよりずっとよかった。
賀古さんとは、その次の日に遭遇した。
最初に百円玉を見つけた自動販売機から少し離れたところに公園がある。自動販売機めぐりをしていたわたしは、そこのベンチに見覚えのある女の子が座っていることに気づいた。
わたしは思わず自転車を止めていた。知っている子だったから、というだけの理由ではそんなことしない。まして、全然仲よくない子が相手なら、ますますそんなことしないはずなのに。
でもそのとき賀古さんは、なにか小さくて光るものをベンチに並べていた。ぱちんと将棋のこまを置くような感じで、いくつか。それを見つけたとたん、わたしは自転車を下りて、賀古さんの方に向かっていた。
賀古さんとは仲よくもないし、何を言おうかなんて全然決まってない。でも何か言わなきゃだめだという確信だけあった。ここで何か言わなかったら、あの百円玉の手がかりには永遠に出会えなくなるような、そんな予感がした。
こういうときの根拠のない確信って、なぜかちゃんと当たっていることが多い。賀古さんがベンチに並べていたのは、やっぱり百円玉だった。百円玉がみっつ。わたしがちかづいていくと、彼女はぱっと顔を上げた。メイクとかしてない青白い顔で、黒目の小さい目で、わたしの方を見た。
(同い年の女の子とは思えない)
どうしてか、急にそんなことを思った。
「何か用?」
賀古さんがわたしに向かって言った。静かだけど、口の中で小さな火が燃えてるような声だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます