05
次の日、わたしは賀古さんを探した。土曜日だったからアルバイトはお休みかもしれない――自分の親の仕事が土日休みだから、そんなふうに思ったけど探さずにはいられなかった。どうせ家にいたっていいことがあるわけじゃない。
そう、賀古さんは「バイト」と言っていた。中学生にできるバイトがあるなんて初めて聞いたけど、賀古さんはだれから仕事を頼まれているんだろう? たとえばクラスメイトのいとこ(つまり遠くに住んでる全然知らない子だ)は家が農業をやってて、忙しい時期はおこづかいをもらって家のことを手伝うらしい、みたいな話を聞いたことがあるけど、そういう感じの「バイト」だろうか? 賀古さんの家はなにかお店とかやっていたっけ……。
そんなことを考え出してすぐ、やっぱりわたしは彼女のことを何も知らない、ということを思い出す。もしも賀古さんちに家業ってものがあるとして、それは一体なんなのか。それとも全然家のこととは関係がないのか。そもそもどうして百円玉をばらまいてるのか。賀古さんは知らないって言ってたけど、ヒントとかも全然ないのか――
考え始めると止まらなくなって、一日中賀古さんのことを考えてしまう。家にいるどころじゃなくなって、結局自転車に飛び乗った。
暑い。去年も暑かったはずだけど、今年の夏はその去年よりももっと暑いらしい。毎年こうやって暑さを更新していったら、十年後や二十年後の夏はどうなっているんだろう。いずれその季節はやってくるはずだ。わたしが生きている限りは。たとえばちょっとした怪我がもとで全身の血液が流れ出して死んでしまうとか、そんなことがなければ。
また不安が胸の中にせまってくる。わたしはペダルを踏んだ。立ち止まっていると、タイヤが溶けて道路にくっついてしまいそうな日だった。
正午近く、一度家に帰ろうと思ったところで、わたしはようやく賀古さんを見つけた。
小学校の裏手だ。裏門のところに何かを――たぶん百円玉を落としている。わたしが声をかける前に賀古さんはこっちに気づき、嬉しそうなうっとうしそうな、変な顔をした。
「かっ、賀古さん! 百円ちょうだい!」
ずっと探していたから、つい前のめりに話しかけてしまう。わたしの様子がよっぽどおかしかったみたいで、賀古さんは笑い出した。賀古さんが笑うのを初めて見た。
「ははは、泉さん必死すぎ。そんな一所懸命にならなくてもあげるよ。でも、早めに使った方がいいよ」
「なんで?」
「いやな感じがずっと続くの、よくないみたいだから」
わざわざそういうことを教えてくれるところからして、どうやら賀古さんは思ってたより親切らしい。笑うところなんか見たことないからもっと冷たい人かと思っていたし、そもそも百円ちょうだいとか言ったら怒られるかもしれないと思った。
でも賀古さんは今笑っているし、全然怒ったりせずに古いポシェットから百円玉を取り出して、わたしのてのひらに一枚ぽんと置いてくれる。ポシェットも服装も昨日と同じものみたいだ。こだわりとかじゃなくって、たぶん仕方なく着ているんだと思う。メイクもしていないだろう。日焼け止めだって塗っているかどうかあやしい。もしもバイトっていうのが本当だとして、賀古さんは何にお金を使っているんだろう? 少なくとも、服じゃないのは確かだ。
百円玉にふれた指先には、目には見えないけどやっぱりネチョッとした感じが残る。気のせいか、昨日もらったものよりももっと「濃い」気がする。
見た目は本当にただの百円玉だ。ただ、触った感じがなんとなく違うだけ。
わたしが百円玉をじろじろ見ているのが、賀古さんにはますますおかしかったらしい。笑いながら「そんなに欲しかったら、毎日あげるよ」と言ってくれた。
「いいの!?」
「うん。私を見つけられたらね。だいたい毎日これやってるから」
「毎日?」
二学期からはどうするの、と聞こうとしたわたしに、賀古さんは「たぶん学校行かない。これやんなきゃならないから」と先手を打って答えた。
「――学校来ないの?」
「うん。私が行かなくたって、べつに誰も困るわけじゃないし」
賀古さんはぽいっと捨てるみたいにそう言った。わたしは、来てくれたらわたしは嬉しいよと言いかけて、あわてて止めた。わたしが会いたくて探してたのは賀古さんじゃなくて百円玉だ。適当なことを言うのは、賀古さんに対して失礼だと思った。
賀古さんはわたしの顔をまじまじと眺めた。それから「泉さん」とわたしを呼んだ。
「よかったらいっしょに来る? そこらへんに撒くだけだけど」
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