17
まさか里香の口から賀古さんの名前が出てくると思わなかったから、わたしはちょっとの間言葉が出てこなかった。それがよっぽどおかしく見えたみたいで、里香はけらけら笑った。
「あはは、ごめんごめん! だって泉ちゃんさぁ、急にスイッチ切れたロボットみたいになるんだもん。いやさー、実は泉ちゃんと賀古さんがいっしょに歩いてたって、ちょっと聞いたんだよね」
だれから聞いたか、里香は勝手に人の名前を出さない。でもまぁ、わたしもそんなことはどうでもいいと思う。いきなりだったからびっくりはしたけど、よく考えてみたら全然おかしなことじゃなかった。賀古さんとはここ何日か、あちこち一緒に歩き回ってたわけだから、だれかに見られてても全然おかしくない。同じ中学校に通ってるわけだから、ふだん行動する範囲がかぶる子なんか当然多い。
「賀古さんってなんかナゾじゃん? 一学期ちょっとしか来てないし、学校以外で会うわけでもないし。てかうちさ、賀古さんと同じ葛西小だったんだけど」
言われてみればそうだ。わたしたちが通う葛西中学校の生徒は大抵、近くにある葛西小学校か、すぐ隣の学区の高宮小学校の卒業生だ。里香も賀古さんも、わたしが卒業した高宮小ではないもう一つの小学校、葛西小に通っていた。だからわたしは、小学生のころの賀古さんを知らないのだ。
「そのころから学校来たり来なかったりでほんとナゾでさ~。仲いい子もいなかったみたいだし、うち気になってたんだよね」
無邪気なリスみたいな目をきらきらさせている里香は、「悪意とかじゃないですよ。ただ単に気になるだけですよ」ってアピールをしてるみたいに見える――なんて、いじわる過ぎだろうか。里香はだれかと一緒にいるのが好きだから、だれともつるんでなかった賀古さんが余計に「ナゾ」なのかもしれない。
「てか賀古さんって、ほんとナゾ多くてさ。たとえば六年のとき、学校のあちこちに百円玉が落ちてたことがあって、だれが落としてんのかと思ったら賀古さんだったんだよね……あれほんとわかんなかったな。だってふつう、お金とか落としたくないじゃん? どんだけお金余っててもやんなくない? まーそれ以前に、基本お金の持ち込みは禁止だったから先生に叱られてたけど、それはそれとして理由がナゾじゃん? なんでわざわざそんなことすんのかなって」
賀古さん、そのころからバイトやってたんだ。あれは結局、わたしにとっても色々ナゾのままだ。
「お金落としてたって、どういうこと?」
逆に聞き返してみると、里香はもっと深く首をかしげる。
「うーん、落とすっていうか、置くって感じ? たとえばトイレの窓枠とか、落とし物置き場とか……ま、葛西小ちょっと荒れてたからさぁ、変なことするのはほかにもいたけど。にしてもナゾだよね。だから泉ちゃん、なんか知らないかなって」
「わたしもそんなに賀古さんのこと知らないけど……」
少しだけ迷った。あのバイトのことを言ってもいいのかどうか――で、言わないことにする。たぶん賀古さんは、そうしてほしいだろうなと思う。
「そうなの? でも泉ちゃん、いっしょにいたんだよね?」
「なんかたまたま会って、いっしょにちょっと歩いてただけ。別に変なことしてないし、ふつうの子だと思ったけど」
「ふーん……」
里香は唇をとがらせて、首をかしげる。「やっぱナゾだなぁ。てかさ、泉ちゃんもけっこうナゾだよね」
急にこっちの方に話がとんできて、また驚きそうになりながら「そう?」と返した。
「そうだよー。だって泉ちゃんさ、こうやって話しかけたらけっこう話すし、だれとでも仲いいみたいに見えるけど、実はちょっと距離あるっていうか……」
里香はたぶん、本当に仲いい子っていないよね、と言いかけて止めた。(ぼっちだよね)っていう感じで、悪口みたいに聞こえてしまうと思って止めたんだろう。
「まー、だから泉ちゃんのこともどういう子なのかなぁって思って……なんかそういうの、うちは知りたくなっちゃうんだな。ま、人間はみんなナゾ持ってるっちゃ持ってるけどねー」
あはは、と笑ったあと、里香はふっと静かになって、ちょっと口元をもじもじさせ、「あのさ」と何か言いかけた。でもちょうどそのとき、授業の始まりのチャイムが鳴り始めたので、話はそこで終わってしまった。
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