03
頭のどこかでありちゃん先生のことを考えながら家に帰った。
今はマンションの三階に住んでいる。玄関を開けると、お母さんがわたしを出迎えながら「トコちゃん死んじゃった」と言った。
トコちゃんはハムスターの名前だ。正直、またか――と思ってしまった。
このマンションに引っ越してきたばかりのとき、お母さんが突然「何か生き物を飼いたい」と言い始めた。
「私、仕事を辞めてついてきたのよ。昼間に家でひとりぼっちになるの、さびしいじゃない」
そういう理由らしい。
ペットはわたしも飼ってみたかったからいいけど、マンションの規約で犬や猫は飼えない。小さなケージで飼えるハムスターや小鳥、小型の爬虫類や魚類や昆虫なら大丈夫と聞いたお母さんは、さっそくペットショップでゴールデンハムスターを飼ってきた。
かわいかったし、嬉しかったけれど、その子は飼い始めて一ヵ月も経たないうちに、突然死んでしまったのだ。
「たまたま弱い個体だったのね」
お母さんは自分で飼い始めておきながらケロッと切り替えてしまって、すぐに新しいハムスターを飼ってきた。でも、その子も半月ほど経ったある朝、ケージの中で冷たくなっていた。
そんなことを繰り返して、今の子で確か六匹目だ。この子は十日くらい? もっと短かったかもしれない。もしかしてお母さんかお父さんが何か――動物虐待とか、考えたくないけどやってるのかもしれない、なんて考えて、ここ最近はハムスターのケージをわたしの部屋に置いてもらっていた。
でも、死んでしまうのだ。大抵はだれも見ていないすきに、鳴いたりあばれたりしないで、ぎゅっと小さく丸まって死んでいる。わたしが見たかぎりだけど、外傷とかはない――と思う。
最初の子が死んだときはすごく悲しかったのに、今は(またか)なんて思ってしまった。そういう自分が嫌いになりそうだった。
「また河原にでも埋めてくるわ」
平気な顔で言うお母さんは、左手にビニール袋を持っている。その中に小さな丸いものが入っていると、白いビニールごしにもわかった。
「その後、新しい子をまた買ってくるから」
お母さんは笑顔でそう言う。ぞっとするような顔だ。
「やめてよ、お母さん」
わたしがそう言うと、お母さんは不思議そうな顔をする。「どうして?」
「どうしてって、もう六匹も死んじゃったんだよ? 原因がわからないのに、新しい子なんか買ってこないでよ」
「新しい子もすぐに死んじゃうっていうの?」
「そうだよ。そうなると思わない?」
「じゃあお母さんはどうするの? どうすればいいの?」
お母さんはわたしをじっと見つめて、わざとらしいしぐさで首をかしげる。
「……どうするって」
「お父さんもあんたも家にいない昼間、どうやって過ごしたらいいの? 生きてるものが何にもいない家で、ひとりぼっちで過ごすってことがどういうことか、どうせ子どもにはわからないんでしょうね。学校に行ってりゃいいんだから」
わたしは何を言ったらいいのかわからなくなって、情けないけど、口を閉じてだまってしまった。
お母さんは最近おかしい――と思う。というか、おかしくなってしまったのだ。お父さんの不倫がわかって、色々話し合って再構築して、でもお父さんが元の職場にはいられなくなって、お母さんも仕事ができなくなって、こっちに引っ越してきた。その途中からどんどん様子がおかしくなっていったのだ。
(だから、一番悪いのはお父さんだよ)
そう思うから、お母さんにかける言葉がすぐに見つからなくなってしまうのだ。とは言っても、ハムスターがこれ以上死ぬのはかわいそうだと思う。どうにかしなければ、とも思う。でも、
「今度はもっと元気そうな子にするから。ホームセンターの中のペットショップじゃなくて、専門のところに行くし……」
楽しそうに話すお母さんを見ているのが怖くなって、わたしは話すのをやめてしまう。家の中に入ったとき、廊下のすみに黒い人型のようなものがうずくまっているのに気づいて、つい横目で見てしまう。
まただ。またいる。
(ああいうのが家の中にいるから、小さい生き物は死んじゃうんじゃないの)
それが正しいかどうかはわからないけど、そんな気がしてしかたない。
とにかくうちの中がこんなことになっているって、わたしは一度、だれかに相談してみたかったのだ。
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