04
結局そのあと、お母さんは新しいハムスターを飼ってきた。「また子供部屋に置いてあげようか」とケージを指されたけど、断った。わたしが見張ってたってどうにもならないんだから、いっそあまり関わりたくない。
その夜、寝つけなくて真夜中にキッチンに行くと、リビングから回し車を回す音が聞こえた。(よかった、生きてる)と思ったら、大きなため息が出た。
何でこんな思いしなきゃならないんだろう。前は全然、こんな感じじゃなかったはずなのに。もっとふつうの家族だったはずなのに。
お父さんは今日も帰ってこないらしい。「仕事だっていうけどどうかしらね」ってお母さんはわたしの前でそう言う。
正直、わたしも「どうかしらね」って思ってしまう。一度「そういうこと」があったんだから、簡単に信用されなくなるのはしかたのないことだ。
水を飲んだ後、コップを洗いながら、ふと「しねばいいのに」とつぶやいた。特に意味なんかない、ただ口ぐせみたいになっている。最近そうつぶやくと妙にしっくり来るのだ。しねばいいのに。しねばいいのに。だれのことだろう? だれが死ねばいいのに?
いっそ明日隕石とか落ちてきて、全部ふっとんで終わっちゃえばいいのに、とか考えながら、ぎゅっと蛇口を閉めた。
「いいよー、ありちゃん先生でも、ありちゃんでも。学年主任の村上先生とかに聞かれたら、注意されるかもしれないけど」
ありちゃん先生はそう言いながらちょっと笑って、進路指導室の鍵を内側からかけた。
ふたりきりになれてほっとした。あの黒いものの話を、ほかの人に聞かれるのはいやだった。先生に相談することだって、わたしにしてはかなり思い切った行動だ。
やっぱりハムスターのことがきっかけになった。七匹目が死ぬ前に、何か状況をよくするための手がかりみたいなものがほしかった。今朝のわたしは、回し車の音を気にしながら家を出てきたのだ。
「さて。それで、相談ってなに?」
先生はわたしの顔を見ながら、向かい合ったソファに座った。ハイネックのインナーにジャケット、スラックス。地味だけど、先生の中ではおしゃれな方だ。話すって決めたくせに、何て切り出したらいいのかわからなくてもじもじしていると、先生の方から「泉さん、転校してきて三ヵ月経ったよね」と話しかけてきた。
「けっこう慣れたみたいに見えるけど、どう? 学校。楽しい?」
「……まぁ、楽しいです」
「よかった。何か困ったことがあったら、ちゃんと教えてね」
困ったこと、だって。やっぱりちゃんと打ち明けてみたい。
「あの……先生」
「なに?」
でも、相手の顔を見てしまうと急に舌が回らなくなって、やっぱり早とちりだったかな――と後悔する。本当に先生は、あの黒いものが見えていたんだろうか? よけて歩いたから「先生にも見えてるんだ」と思ったけど、違うかもしれない。全然別の、幽霊とかまるで関係のない話をしちゃって、お茶をにごしてしまおうかとよっぽど思った。でもそのとき、
「ねぇ泉さん、もしかして……ふつうは見えないはずの、変なものが見えることってない?」
と、先生に聞かれた。
おどろいてまばたきしていると、先生はふふっと小さく笑った。
「いやぁ、もしかしたらと思ってたんだよね。わたしも昔っから、ちょっとね」
泉さん、たまに何にもないところで何か避けたりするでしょ、と言われた。なんだ、先生前から気づいてたんだ――と思ったら、おかしくなってちょっと笑ってしまった。それから急に安心して、目の前がじわっとぼやけた。
いやだな、泣きにきたんじゃないのに。でも急にほっとしたから、泣けてきてしまって仕方がない。
「こういうのって他人に言いにくいよね。ゆっくり話していいよ」
先生はそう言いながら、わたしが落ち着くのを待っていてくれた。
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