09

 いたたまれないような時間が流れた。わたしは最初、賀古さんが何を言ってるのか飲み込みなかった。それがだんだん頭の中にしみてきて、ようやく「わたしには有澤先生が咲坂かなえじゃないって証明ができない」ということに気づいた。

 先生がふーっと長いため息をついた。

「違うよ」

 はっきりとそう言った。「わたしは有澤亜希。だれに確認してもらってもいいよ。身分証もあるし。厄への耐性は――」

「ごめん、身分証とかそういうのはアテにならないと思う」

 賀古さんが首をふった。「咲坂さんはじゃない気がする。おかしなこと言うけど――あのひと、有澤さんの体を乗っ取っていてもおかしくない気がする」

「なにそれ。じゃあさっきからわたしのスマホに来てる、咲坂さんからのメッセージは?」

「あらかじめ内容を打ち合わせた、別の人が送ってるのかもしれない。どうとでもできると思う」

「違うってば……ねぇ、もしもわたしが本当に咲坂さんだったとしたら、どうしてこんなことするの? なんでわざわざ自分からちょっかい出したりすると思う? 正体がばれるリスクが無駄に高くなるのに」

「たぶん、理由とかは特にないの」

 賀古さんの顔がぎゅっと歪んだ。

「咲坂さんは面白がってるだけ。私と美鈴さんがどうするのか、一番近くで見物して楽しみたいだけ……違う? だって咲坂さん、昔から私たちに意味のわからないことばっかりやらせてきたじゃない」

 しぼり出すような声で続ける。「厄を捨てるの、あれってなんの意味があったの? どこから持ってきた厄を捨てさせてたの? だれのためになることだったの? その後だってそう、厄を集めて、強い厄を作って、それからどうしようっていうの? だれか呪ったり、殺したい人がいたの? ただ気まぐれに、わけのわからないこと、をやらせて、きたん、じゃ」

「賀古さん!」

 先生が大声をあげて、賀古さんに飛びついた。いつの間にか、賀古さんの両手が彼女自身の首をしめていた。異常そのもののような光景なのに、なぜか先生が声をあげるまで気づかなかった。

 賀古さんの顔がみるみるうちに赤くなっていく。

「泉さん、離れて! 遠くに行って!」

 先生が叫んだ。

 わたしは慌てて部屋を出た。目の前で、バタンと音を立てて金属製のドアが閉まった。その向こうでバタバタと、二人がもみ合っているような音が聞こえる。

 賀古さんがあんなことを始めたのは、やっぱりわたしの厄の影響なんだろうか? わたしはどうすればいいんだろう? 賀古さんが言ってたことと先生が言ってたこと、どっちが正しいんだろう? どこに行けばいい? 誰とならいっしょにいても大丈夫?

 急に制服のすそを引っ張られた。ぎょっとして振り返ると、隣の部屋の女の子がわたしの方をじっと見つめていた。

 そうだ、この子まだいたんだっけ。この子からも離れなきゃ――そのとき、女の子の小さなくちびるが動いた。

「大丈夫。咲坂かなえは厄そのものだから」

 何が起きているのかよくわからなかった。小さな手が、わたしの制服のすそをまだしっかりとつかんでいる。

「だから、私とならいっしょにいても大丈夫。改めまして、私の名前は咲坂かなえ。美鈴ちゃん、私とお話ししましょう」

 お話ししましょう。

 魔法の呪文みたいにそう言って、小さな女の子は笑った。

 まるで大人の女性みたいな、きれいに整った笑い方だった。

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