08

「この百円玉、あの百円玉と同じだよね……」

 賀古さんがそう言いながらこっちに手を伸ばしてくるのを、先生が「だめ!」と止めた。

「わかってる! あの百円玉だよ。だから賀古さんは触らないで。これ以上厄の影響を受けちゃ駄目。わたしたちの中だったら、美鈴さんが持ってるのが一番害がないの」

 あの百円玉。

 わたしはビニール袋の中を覗いた。賀古さんと先生があちこちに撒いて厄を捨ててたっていう、あの百円玉。

 見た目ではわからなかった。でもおそるおそるビニール袋に手を入れてみると、明らかに硬貨のものじゃない、指先にくっつくような嫌な感触がした。わたしはあわてて手を引っ込めた。

「ねぇ、ちょっといい?」

 賀古さんが、百円玉を持ってきた女の子に声をかけた。女の子は何もわかっていないみたいで、不思議そうに首をかしげながら、「なに?」と言った。わたしはあわててその子から距離をとった。この子に何かあったら、わたしのせいだ。

「この百円玉をあなたに預けたひとって、どんな人だった?」

 賀古さんは必死で、顔色も青ざめている。女の子はわたしたちの様子がおかしいから、ちょっと怖がっているように見える。

 でも、そうか。これは聞かなきゃならないことだ。

 もしも百円玉を女の子に渡したのが咲坂かなえなら、女の子は彼女の姿を見ているはずだ。

 賀古さんにも先生にもよくわからない、でも絶対に避けなきゃいけない人がどんな人なのか、ほんの少しの特徴でもいいから知っておいた方がいい。

「ね、教えてくれる?」

 賀古さんがたたみかける。女の子は不思議そうな顔のまま、

「そのひと」

 と言って、ありちゃん先生のことを指さした。


 しん、とその場が静まり返った。

「……へっ?」

 一拍おいて、先生の声がした。ひっくり返ったおかしな声で、それが妙に響いて、こんなときだけど笑いそうになった。そんなことで好きなだけ笑っていられたらどんなにいいだろう――と思った。

「うそ、わたし知らない……えっ、どういうこと?」

 先生がこっちをふり返る。本物の驚きがその顔に貼りついているように見える。でも、わからない。どういうこと?

「本当? 本当にこの人だった?」

 賀古さんがもう一度女の子に尋ねる。女の子はきょとんとしたまま「うん」とうなずいた。

「知らないって! 何言ってるの?」

 先生の声が廊下に響いた。「わたし、咲坂さんにも会ってないし、そんなことこの子に頼んだ覚えもないよ。会ってないはずなの!」

「有澤さん……」

 賀古さんが言った。胸の前でぎゅっと両手をにぎりしめて、まるで自分の心臓をつかんでいるみたいに見えた。

「その……本当のことを言ってほしいの。わたしたちは何年もいっしょにいて、咲坂さんの仕事を手伝ってきた。咲坂さんともけっこう長い付き合いだよね。そうでしょ?」

 先生はうなずく。賀古さんは先生の目をじっと見つめながら、

「あなた、本当に有澤亜希さん?」

 と尋ねた。

「そうじゃなかったら何なの?」

 先生が聞き返す。賀古さんの口が動いた。

「もしかしてあなたが、咲坂かなえなんじゃないの?」

 先生の肩が、驚かされたときみたいにびくんと跳ねた。賀古さんは続ける。

「ごめんね、私、さっきからあなたのこと疑ってる……厄への耐性がすごく高いし、ここで起きてることを把握してる。私たち、もう何年も会ってなかったし……ねぇ、本当に咲坂さんなら教えて。私たち、遊んでる場合じゃないの」

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