10
咲坂かなえと話してはいけない。そう言われたことはちゃんと覚えていた。
でもわたしは彼女の目を見て、声を聞いてしまったのだ。
だから、
「ごめんね。みんなが話してるの、ドアに耳当てて聞いてたの。そしたら楽しくなっちゃってさ、ふざけて変なメッセージ送っちゃった。亜希ちゃんも賀古ちゃんも、あんなに慌てることあるんだねぇ。ふふふ、面白かったぁ。みんな私のこと気にしてくれて嬉しかったよ。
さて、それじゃ私の話をしようか。咲坂かなえというものの話――といっても、私の本当の名前はたぶん咲坂かなえではないんだけど、でもそんなことはいいの。些細な問題だよね。私は私が気に入ってる名前で、皆から呼んでほしいんだから。
私は厄そのものだから、元々はたぶん、だれかの『憎い』とか『悲しい』とか、あとはなにかの死体とか、そういうものから生まれたんだと思う。でも、そんなことはもうどうでもいいの。それよりもさ、もっとポジティブなことを考えたいよね。
私は自分の好きな名前で呼ばれたいし、ずっときれいな見た目でいたい。古くなった肉体をいつまでも使うんじゃなくて、どんどん新しいものに乗り換えて、ずっと楽しく世の中を渡っていきたい。色んな人に会って、好きになってもらって――そうやって生きていくの。楽しそうでしょ? 楽しいのはいいことだよ。
でも、それをずっとやっていくのって、ちょっと難しいんだ。
まずは私が入ってる体のこと。一時はよくても、いつかは老いてガタがくるよね? そうなってくると、楽しいことってどんどん減っていっちゃう。だから、その前に新しい体に乗り換えちゃうの。
いやいや、誰にでも乗り換えられるわけじゃないんだな。何年も同じ人の体の中にいると、もうちょっとやそっとでは次の体に移れないんだよね、馴染んじゃって。たとえば、美鈴ちゃんに移動するのは……無理。だから安心して、こっちを見たままでいいからね。うん、お話をしよう。
でね、新しい体がほしいなと思ったら、自分の体内でそれを作らなきゃいけないの。だから必然的に、女性の体を渡り歩くことになるよね。臨月の胎児に乗り移って、それから外の世界に出て行く。そうやって何人も渡ってきたんだ。今の私は、前の咲坂かなえの娘ってこと。いつかお母さんの名前をもらって、私が咲坂かなえだって名乗るようにするけどね。
で、困ったことはもうひとつ。私は厄だから、周りの人たちにどうしてもよくない影響を与えちゃう。困るよねぇ。だって私は色んな人と会って、いっしょに楽しく過ごしたいんだもん。
だから私は、私から出る厄を百円玉に移して、その辺に捨てることにした。普通にポイッて捨てると、たくさんの人に迷惑がかかっちゃうからね。そしたらかなりマシになったんだぁ。捨てる作業の方はめんどくさいから人を雇うことにして、とにかくそれでなかなか上手くやってきたんだよ。ね、悪くないでしょ? バイトさんはお金を稼げるし、私に会う人たちも厄の影響を――そこまでは受けなくて済むよね。ね、私、いいことをしてたんだよ。
だからね、最初に亜希ちゃんが、厄を集めて武器にする方法を考えようって言いだしたときは、正直そんなことしなくてもいいのにな~って思ったの。でも亜希ちゃんがやりたいならいいかなって思って、やらせておいたんだ。
がんばったねぇ、亜希ちゃん。あの子、手元に厄を集めなきゃならないからさ、自分が厄の影響を受けにくくなるように、お母さんの遺灰を手元に置いて、それをちょっとずつ食べてたんだよ。お母さんはちょっとだけ厄になりかけた状態で死んじゃったから、時間をかけてちょっとずつ摂取すれば、それなりに耐性ができるってわけ。でもやっぱり限度があるよね。いくら亜希ちゃんががんばってくれてもさ……。
でさ、あなたなんだよ。美鈴ちゃん。
色んな人に会うのもいいけど、私、もっとずっと一緒にいられる仲間がほしかったの。あなたならなれるよね? もうかなり厄に近いもんね。厄はまき散らす方、悪い影響はそこまで受けないでしょ? だから私といっしょに色んなとこに行って、色んな人に会って、色々楽しいことしようよ。ね、悪くないでしょ。そのためにはどんなことだってしよう。ふつう? ふつうなんてどうでもよくない? だってさ、これからはこれが美鈴ちゃんのふつうになるんだもん。
ね? いいよね」
咲坂さんに見つめられて、話しかけられると、頭の中がくらくらした。彼女の到底納得できないような話を、なぜか全肯定したくなった。
それがわたしのふつうになるのか。でも、何でわたしなんだろう、と思った。何でわたしがこんなことに巻き込まれたんだろう、何で、何でって、その疑問が頭の中をぐるぐる回り始めた。
「なんでって、そうね。たまたまだよ」
咲坂さんが言った。まるでわたしの心を読んだみたいだった。
「たまたまそこにいただけ。それじゃ納得がいかない? ……そうだなぁ。じゃあ、よく『そういう星の下に生まれる』って言うでしょ? そういう星だったんだよ、あなたの星は。ずっとひとりぼっちでいなきゃならない、寂しくって冷たい星。でも私がいるから大丈夫、そうでしょ? 何の問題もないでしょ?」
いつの間にか、ドアの向こうは静まり返っている。
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