14
その日も前みたいにあちこちに百円玉を置きながら、カンカン照りの日差しの下をふたりで歩いた。わたしは途中、自動販売機にもらった百円玉を入れた。
公園の木陰のベンチでちょっと休憩したあと、わたしたちが立ち去った後に座ったおじさんが、百円玉に気づいて拾うのを見た。ああやってだれかの手に渡っていくんだなと思っていたら、賀古さんに腕をひっぱられた。
「あんまり見ない方がいいよ」
小さな子供に注意するお母さん、みたいな言い方だった。わたしは「ごめん」と謝り、それからは賀古さんの言うとおり、百円玉を置いてきた方を振り向くのはやめた。
「よし、今日の分終わり」
賀古さんがポシェットの中身を確認して、そう言った。
「泉さん、こんなにずっと付き合ってくれなくていいのに」
「ううん。わたしが楽しいから」
「楽しい?」
賀古さんは「変なの」と笑った。
「変かなぁ」
「だって、あちこちに百円玉置くだけじゃん。楽しいことなくない?」
「そう? けっこう楽しいよ」
そう言ってからわたしはふと、「わたし賀古さんのことけっこう好きだから」と付け加えてみた。
とたんに恥ずかしくなった。わたしと賀古さん、そもそもそんなに仲よかったっけ……もしかしたら今のでドン引きされたかも。いや、上から目線っぽくてふつうにイヤがられたかもしれない。どうしよう……とぐずぐず考えながら賀古さんを見ると、賀古さんは目を大きく開けて、すごくびっくりした顔でわたしを見ていた。
「……やっぱ変わってるね。泉さんって」
そう言われて、けっこう恥ずかしくなった。でも賀古さんは怒ったりとか全然せず、「私もけっこう楽しいよ」と、ちょっと小さな声で返してくれた。
賀古さんとはそこで別れた。賀古さんはパッと走りだし、さっと角っこを曲がっていってしまって、どこにいったかわからなくなった。あ、今賀古さんをつけていったら家の場所がわかったかもしれない――そう思ったときにはもう遅く、完全にどこに行ったか見失ってしまった。
「ああ、なんかあったらしいよ。そこのスーパー」
お母さんがそんな話を教えてくれたのは、その日の夜のことだった。もちろん百円玉のことなんか言わない。「今日たまたま前を通りかかったら立ち入り禁止になってて、おまけにパトカーも停まってたけど、何かあったのかな?」と聞いてみただけだ。
お母さんはスーパーの従業員の中に知り合いがいるみたいで、どうやら今回のこともその人から聞いたらしい。
「自殺だって。開店前のお店の中で、首つってたんだってさ」
「……だれが?」
「スーパーの店長さんの奥さん。ま、なんか前から家の中で色々あったみたい」
イヤだねぇ、なんて言いながら、お母さんは夕飯の支度を始める。おかしな話かもしれないけど、ちょっぴりほっとしているように見える。
ほっとしているのはたぶん、あの「立ち入り禁止」のパトカーに、それ相応の理由があるってわかったからだろう。わけがわからない「立ち入り禁止」よりも、「元々悩んでた人が店内で首を吊ったから」っていうそれっぽい事情がわかった今の方が、安心できるんだと思う。わからないってことは、けっこう怖いことだ。
「いつから営業再開になるんだろ」
そう聞いてみると、そこまではさすがにお母さんにもわからないらしい。お母さんは半分首を傾げながら「さぁ、どうだろうね」と言い、一度大きなあくびをした。それから「――あそこ使えないと、不便よね」と続けた。
そうだね、とあいまいな声で答えながら、わたしは百円玉のことを考えていた。
確か賀古さんは「一ヵ所にたくさん置くのはよくない」と言っていた。だから今日、わたしたちはわざわざ遠出したんじゃないか。もしもあの百円玉が一ヵ所に集まりすぎて、それがよくないことを引き起こすっていうなら――
(店長さんの奥さんが死んでしまったのは、二日連続であの百円玉を何枚も支払いに使ったから――じゃないよね)
まさか、と心の中で呟いた。でも気がつくと、てのひらにじっとりと汗をかいていた。
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