06
学校の周りのフェンスにそって歩きながら、ありちゃん先生と、それから星のことを考えていた。夜空に光っている一個一個が、実は真っ暗でとてつもなく広い宇宙に放り出されて不安がっているんだと、これまで思ってもみなかったことを想像した。
そのうちに、冷たい空気が肺の中に満ちていった。冬だな、と思った。十二月。テストが終わったらクリスマス、そして冬休み。
(学校がない間はどうしよう)
そう考えると、どんどん暗い気持ちになった。家にいる時間が増えてしまう。友だちと出かけてようかな。まだあんまりなかよくないけど、いっしょに出かけてくれるだろうか。
星に決まった軌道があるように、わたしにだって帰る家はあるのに、どうしてこんな、どこにも居場所がないみたいな思いをしなきゃいけないんだろう。お母さん、何してるかな。ハムスターまだ生きてるかな。お父さん、今日は帰ってくるかな。
色々考えていると、胸が苦しくなってくる。
でも、ありちゃん先生と話せたのは本当によかった――そう思った。泣いたりしたのははずかしかったけど、でもすっきりした。
ポケットの中のお守りは小さくて、けっこうどこの神社でも売ってそうな「御守」とだけ刺繍されてるデザインだった。特別なものには見えなかったけど、とにかくこれでなんとかなるっていう気がした。ありちゃん先生が効くって言ってくれたものだし、信じてみようと思った。
それに、このお守りを貸してもらってから、まだ黒い影みたいなものを一度も見ていない。最近増えてたはずなのに――
ためしに辺りを見渡してみた。やっぱりどこにも見えない。お守りのおかげかもしれない。
気持ちが軽くなってきた。お守りを持ち歩いてさえいれば、わたしの問題はひとつ解決するかもしれない。そう思うとわくわくしてきた。
もう一度辺りを見渡してみる。やっぱりいない――
「あっ」
声が聞こえた。
その声がした方に、あわてて振り返った。通りの向こうに、いつの間にか女のひとがひとり立っていた。
何歳くらいだろう? 髪はぼさぼさで、背中も丸まっていて背丈が小さく見える。服のサイズがあっていないことが、離れていてもわかった。
そのひとが、じっとこっちを見た。
わたしも思わず足を止めた。知っているひとだろうか? いや、やっぱり見覚えが……なんて考えていたら、そのひとがいきなりこっちに向かってやってきた。
近づくにつれ、顔の表情が見えてくる。そのひとが怖い目をして、わたしの方をじっと見つめている。というか、にらんでいる。わたしにすごく怒っているみたいな顔だ。
やっぱり生身の人間だ。おばけじゃない。でもなんでわたし――と考えたとき、ぱっと頭の中に、あるひとのことが浮かんだ。
(お父さんの、不倫相手)
あのひとどうしたんだっけ。あんな顔してた? もっときれいな感じじゃなかった? 違うひとじゃない? でも、やっぱりこっちに向かって歩いてくる。
わたしはその場から逃げ出した。女のひとが「ちょっと!」と声をあげた。しゃがれた、まるでおばあさんみたいな声だった。あんな声だったっけ。全然違う気がする。この三ヶ月になにがあったの? なんであんな風になっちゃったの?
怖くなって、わたしは走るスピードを上げた。
追いつかれたら何をされるかわからない。そう思うと黒い影よりも怖い気がした。
全速力で走って、気がついたら家からちょっと離れたところまで来ていた。耳が冷たい。それに、胸が痛かった。
女のひとは追いつけなかったみたいで、もう姿が見えない。ほっと胸をなでおろして、それから(まっすぐ帰りたくないな)と思った。もしもまだあのひとがどこかで見ているんなら、家がバレてしまう。
息が白かった。夜の空気にまぎれて、すぐに消えた。とにかく、帰らなきゃ。
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