間
「夫人が事業を破壊した証拠があるわけでもなかろう。ねぇ、侯爵?」
私が昔のことを思い出していたとき。
父に問うたのは、殿下でした。
「それも小賢しいことに、出て行く前に証拠はすべて廃棄していたと言うのですよ」
私一人で証拠隠滅が可能なら、それもまた大問題だと思います。
侯爵領は誰でも簡単に悪さを企てられるということ。
父は苛立ちが止まらないようで、一人ごとのようにさらに語り続けました。
「まったく忌々しい。頼んでもいないのにどうして息子から仕事を奪うような真似をしたんだ?あれの言う通り、仕事が出来る娘になりたかったのか?それで事業を引っ掻き回し、どうにもならなくなって、今度は証拠隠滅をはかったのだな?事業を回す頭はないというのに、悪知恵だけは働くとは本当に忌々しい」
私には誰かの仕事を奪った記憶がございません。
むしろ三年前は早く引き継がなければと必死の想いを抱えていたのですが。
「そのうえ引継ぎもせずに出て行きおって。何もかも分からぬ状態から、まだ若い息子がどれだけ苦労をしてきたことか。それほどに我らを困らせたかったか?何故だ?いい暮らしをさせてきたであろう?何故そう強欲な娘に育ったのだ?あれの言う通り、生まれたときからそうなのか?」
父がこうなった元凶がどこにあるかは理解しました。
そして父が何も知らない状態にあることも分かりました。
それならば。
旦那さまが私を見て頷きましたので、私は発言をすることにしました。
知らない人とお話しするようですし、陛下と殿下の御前というのもあって、大変緊張しますが。
頑張りましょう。
大好きな旦那さまがお隣にいてくださいますからね。
「お言葉ですが侯爵さま、私はご領地の何も破壊してはおりません。ですから証拠の隠滅をはかったこともありません」
「何を!」
「黙って聞け。リーチェが話しているのだぞ?」
旦那さまが一喝しますと、父が黙りました。
すると旦那さまは私を見てまたひとつ頷かれます。
頑張りましょう。
「確かに三年前に家を出るまでそちらのご領地の仕事はしておりました。けれどもそれも誰かから奪ったものではありません」
それらは長女である私の義務として与えられていた仕事でした。
ですから結婚をして家を出る前には、引き継ぎをしたいと私だって願っていたのです。
余所の家の者になってまで、侯爵領のお仕事をするわけにはいきませんからね。
「引継ぎに関しては、要らないと言って断ったのは令息さまです。ですが心配でしたので、引継ぎ書を残しておきました」
「引継ぎ書だと?嘘を言うな。お前が請け負っていた仕事の資料は何ひとつ残されていないと聞いているが?」
「嘘ではありません。廃棄の可能性も考え、引継ぎ書は二冊作り、それぞれにお渡ししてあります」
「二冊だと?妻と息子にか?」
「いえ、令息さまと侯爵さまです」
「なに?私にだと?」
しんと静かになる室内。
それからしばらくの間、大変気まずい時間が続きました。
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