これからはあなたに何も望みません

春風由実

手紙


 実家から手紙が届いたのは、結婚して三年と少しの時間が過ぎた頃でした。


 私が読み終えるのを待っていたように旦那さまは言います。


「どうする?行くならば、手配するが」


 すでに内容は確認されていたのでしょう。

 手紙は私個人宛でもありませんでした。


「少し考えさせていただいても?」


 考える時間がある状態なのか。それは分かりません。

 手紙には具体的なことが何ひとつ書かれてはいなかったのです。


 とても悪い状態だから、あえて書かなかったということも考えられました。

 それでも私は決断出来ずにいます。


 あの人から聞いた最後の言葉が頭の中で繰り返し聴こえていました。

 これはとても久しいことです。


『やっとあなたの顔を見なくて済むようになるわ。これからは穏やかに暮らせそうね。何なのよその顔は?あなたでもこの家のために役に立てたのよ?もっとわたくしに感謝なさい。ここを離れても、母への感謝を忘れることは生涯許しませんよ。誰がそこまで育ててあげたのか、いつまでも覚えておくことね』


 あの人がことさら可愛がっていた弟、常に私との比較対象にあった妹。


『頼むから二度と戻って来ないでくれよな。これ以上我が家に迷惑を掛けることだけは許さないからね?』


『ふふ。お姉さまって本当にお可哀想。あちらではどんな目に合うのかしらね。わたくしはお姉さまに似なくて良かったわ』


 二人の声があの人のそれに重なって、ぐるぐると私の頭の中で囁き続けていました。

 そこから救ってくださったのは、旦那さまです。


 私はその日、旦那さまに改めて感謝することになりました。



 いつもお側にいてくださってありがとうございます、旦那さま。


 私は大丈夫です。

 あの頃の私ではないのですから。


 大好きな旦那さまもお側にいてくださいますし。



 すぐに耳が赤くなる旦那さまを、私はとても可愛いと感じ、手紙のことなどすっかり忘れてしまったのでした。

 もうすでに私にとって遠く離れた地にいる彼らの存在はその程度のことになっていた、ということなのでしょう。


 ふとした瞬間に、何気なく思い出してしまうことだけは。

 なんだか悔しい、そう感じてしまうところではありますけれどね。


 それも少しずつ頻度が減っておりましたから、そのうち完全に忘れてしまうのかなと思っておりましたのに……。

 






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