類似
引継ぎ書を渡したところで、父もまた読んではくださらないでしょう。
当時の私もそのように考えておりました。
それでも念のためにと渡しておいたことが、こんな風に役立つこともあるのですね。
そして私はこの場でひとつだけ嘘を吐いています。
悪い妻でごめんなさい、旦那さま。
申し訳ない気持ちで旦那さまを見上げますと、首を振って微笑んでくださいました。
嘘吐きな妻も笑って許してしまうお優しい旦那さま。
なんだか本当に悪女になった気分です。
旦那さまの赤いお耳、とても可愛らしいですね。
実は引継ぎ書、三冊ありました。
予備の予備として作成しておいたのです。
同じ文章を書き続けるのは大変疲れる作業でしたが、当時の私はそれほどに今後の侯爵領の行く末を不安に感じていたのですね。
三冊目はどうしたかといえば、他家に持ち出すわけにもいかなかったので、家令に預けています。
これだけ仕事に携わらせてきた娘を遠い辺境の地へと嫁がせる家ではありますから、その辺りは家の誰も気にしないことではあったかもしれませんが。
それでもあとで何かと訴えられては困るでしょう?
そのように対策をしておいたつもりでしたのに、たった今訴えられているところではありますが……。
あら?
そういえば家令はどうしているのでしょうか?
彼がいれば、ここまでの事態には陥っていないように思いますけれど。
「侯爵さま。家令のアルバはどうされておりますか?」
「なんだ、誰だと?」
「ですから家令のアルバです。領地経営のことであれば、アルバがすべて把握しておりました」
弟に引き継げなかった私は、申し訳なく思いながらアルバにすべてを託して、家を出ました。
この家に憂いを残すことはありません。辺境伯家でどうかお幸せに。
そう言って送り出してくれたアルバたち。
彼らのことを思い出せば、じんわりと胸の奥が温かくなりました。
実家での暮らしも、何も悪いことばかりではなかったのです。
私には支えてくださる人たちがいたのですから。
「家のことは妻に聞いてくれ」
私はなんだか感心してしまいました。
これだけ自領が大変なことになっていてもなお、父は領地や家のことに興味を持てないのだと知ったからです。
それで弟の話を鵜呑みにしてしまったのでしょうね。
大臣をされている方としてそれはあまりにあれですけれど……。
「へぇ。君は家令の名も知らないで大臣をしていたんだねぇ。うちの大臣職って誰でも簡単になれたのかな?」
思わず私は陛下の御言葉にうんうんと頷きそうになりました。
まさに今私が考えていたことだったからです。
「父上はもうしばし黙っていてください。あなたが出て来ると、話が先に進まなくなるのですよ」
「そう冷たくしてくれるな、息子よ。あまりにおかしいだろう?当主が家令を知らないのだよ?そんな家があるかい?」
「私だって驚いてはおりますが……。侯爵、君は家のことは一切知らぬと発言しているように聞こえたが?」
「私は大臣としての仕事がありますから。家のことは一切を妻に任せております」
「へぇ~、他の大臣は当主としても立派に働いているようだが。君はそれが出来ない程度の人間であったのだね」
「決してそのようなことでは……ただ妻が見てくれると言うもので、それならば任せようと……」
「その夫人はどうされているのかな?」
「今は体調を崩しておりまして」
とても似た人たちだったのですね。
私は漠然とそのように感じていたのでした。
皆様、誰かのせいにしてばかり。
これでは残してきたアルバたちも大変だったことでしょう。
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