三年


「夫人はご病気ね。それなら今は君が当主として家のことも見ないといけないねぇ?」


 陛下の仰る通りです。


 家のことも、領地のことも、あの人が何か仕事をしていた記憶が私にはありませんが。

 真実はどうあれ、任せていたつもりの人が働けないのであれば、当主である父がすべての仕事をすればいい話です。


「息子がよく学んでおりますから」


「ほぅ。また息子か。確かその立派な息子が領地の仕事もしているのだったね。それでどうして今年の税収が払えないなどと急に言い出したのかな?」


「ですからそれはこの娘が──」


 まだ父は私のせいに出来ると考えているようです。


 確かに引継ぎ書のお話をしただけで、現物はここにはありませんし、過去に本当にそれを受け渡していたかという確認もすぐには取れないでしょう。

 私がお城の大臣室まで行って、直接手渡ししたわけでもありませんでしたから。


「話にならんな。うーむ、これを大臣に置き続けた私にも責があるか?」


 呆れたようにそう仰った陛下は、腕を組むと長い息を吐いておられました。


 またしばらく静かな時間が続くかと思いきや。

 父だけは「引継ぎ書だと?」と一人ぶつぶつと言い続けているのでした。


 それほど気になっているのでしたら、探しに行かれてはどうなのでしょうか?

 さすがに父に渡した分までは捨てられていないと期待したいものです。


「三年」


 今度は殿下がそう言って、しばらく間を空けました。

 父はこの間に耐えられなかったよう。


「三年が何か?」


「夫人が結婚してから三年が過ぎているはずだ。侯爵か、あるいは夫人、あるいは嫡男。実際に仕事をしてきたのがそのいずれでも構わない。その人物と共に、当主となる君は、三年も問題をただ放置してきた無能であったと。そういう解釈として受け取るが、それでいいのだね?」


「放置をしていたわけではなく。ただそこの娘が事業を引っ掻き回し──」


「税収が見込めないほどに事態が悪化するまで、君は気付けなかったのだろう?もうこの時点で当主としては失格だと思わないか?」


 押し黙った父を置いたまま、殿下はお話を続けます。


「仮に君の優秀な息子くんだっけ?彼が三年前からこの事態に対処をしていたとして。三年のうちにこれほど悪化させたあげく、間に当主への報告もなかったのだろう?彼のどこが優秀なんだ?」


「息子の報告がなかったのは、おそらく国政に身を置く私の忙しさを慮ってのことかと」


「その程度の理由で、我々に事前の相談もなく、今年は納税が出来ませんと?侯爵は領地のことなど王家には関係ないとでも言いたいのかな?」


 父は言葉なく視線を落とし、それから動かなくなりました。

 もう言い訳を思い付かなかったのでしょう。


「侯爵の言い分をあえて信じた話を続けてみようか?あぁ仮定の話だからそんなに睨まないでおくれ。夫人の無実は分かっているから」


 殿下は旦那さまに一度視線を投げたのち、また父に向かってお話を続け……


「ふふ、夫人はこんなに可愛らしい女性なのに、君は猛犬のよう……すまない。失言をした。父上、小声で我が家は血を争えなかったなと言わないでください。怒りますよ?出て行かれます?ちょうど騎士たちも揃っておりましたね。そうですか、今は大人しくすると。こほん」


 父に向けたお話は始まってはおりませんでした。


 殿下は私を見てにこりと微笑まれます。

 私も笑顔をお返しすればよろしいかと考えはじめたところで、何故か私の視界は旦那さまの大きな手に遮られてしまいました。


 あの、旦那さま?

 これでは何も見えませんよ、旦那さま?


 今日はお誕生日会ではありませんね?



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