希望
書庫の一角で弟が淹れてくれたお茶をいただき、弟の働きぶりを見守っていたところに、現れたのは父です。
誰かに私が来ていることを聞いたのでしょう。
「寝ていなくていいのか?」
「この時期は動いた方がよろしいのですよ」
そうなのか、と頷いた父は、知らないことが恥ずかしいなと言って苦笑を浮かべました。
今さら責めるつもりもないので、私は微笑みだけを返し、話を変えます。
「あとでお父さまのところにも伺おうと思っていたのですよ。今日はお渡しするものもありまして」
定期的にあの人から父へと宛てた手紙が領主館に届きます。
父に聞いても内容は秘密だと言って教えてはくださいませんが。
母の様子を耳にする限り、おそらくは父を罵る言葉が並んでいるのではないかと。
「連絡をくれたら、取りに行くと言っているというのに」
「私が動きたいので。こうして仕事以外にお会いする理由をいただけると助かるのですよ」
「まったくあやつは……私が言えたものではないがな」
父はそう言ってまた苦笑を浮かべたあとに、手紙を受け取ると今度は肩を竦めます。
「やり直すつもりだったのだけれどね」
大臣でもなく侯爵でもなく、そのうえ貴族でもなくなった父と一緒になんかいられない。
そう語る母はいつまでも離縁すると言って聞かなかったそう。
けれども母の生家である公爵家からは、出戻りを禁じられてしまいまして。
私の伯父にあたる人が当主をされているのですけれど、昔から母とは折り合いが悪かったようなのですね。
それで離縁しても行くところのない母は、本当に心を病んでいたこともあり、王都の郊外にある貴族向けの療養施設に入ることになりました。
こちらに連れてくる話も出ておりましたけれど、王都を離れることもまた嫌がったからです。
その費用を工面したのは父であり、今もそれが継続していることを考えると、離縁はしてもまだ夫婦のようだなと娘としては希望を持ってしまうのですが。
「少しずつ元気にはなっているそうだから。まだ希望はあるね。気長に待ってみるよ」
父の顔を見ると興奮してどうにもならなくなるため、まだ面会は出来ていません。
けれども施設の職員の方から定期的に届く報告書には、少しずつ身体は回復している旨が書かれておりました。
精神的にも多少は落ち着いてきているようですから、近い将来父とまた会って話せるときが来るといいなと思います。
「あの、お父さま。今日はもう一通ありまして」
「うん、それは要らんな」
そう言いながらも王家の紋章がしっかり入った手紙を嫌々と受け取ってくれる父です。
拒絶されても私たちが困ると知っているからですね。
「あの人はまた……何度断れば飽きてくださるんだろうな」
基本的に内容は変わらず、要約すれば『君ばかり楽しそうで狡い』の一言で済むお話が長々と書いてあるのだとか。
父のしたことは余程根に持たれているようですね。
そして同じようにまだ根に持っている方がこの地に一人。
あら思い浮かべればそこに……。
「リーチェ!一人で出歩くなと言っただろう?」
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