「ところで侯爵夫人。お身体が悪いと聞いていたが、元気になられたのですね?」


 旦那さまがいきなり核心のひとつに切り込みまして。

 私は少々驚いてしまいました。


 もっと会話を重ねながらじっくりと探っていくことになると考えていたからです。


「久しぶりに娘に会うために薬を飲んだのよ。それがよく効いて今日は調子がいいだけだわ」


 起き上がれないほどだと弟が言っていたように思いますが。

 そのお薬はいつも飲んではいけないような強いお薬なのでしょうか。


「それは心配ですね。こちらで医者をご紹介しようと思いますが」


「結構よ。王都の医者なら、我が家の方が詳しいわ」


「ご遠慮なさらないでください。我が家はこれでも王都にも顔が広いのですよ?」


 辺境伯家も王都に屋敷を置いておりますので、そこに残した使用人たちが王都をよく知ってくれているのです。


「お気遣いだけいただいておくわ。もう医者には診せているもの」


「心を病んだとお聞きしましたが。そのように心にすぐ効く薬を出せる医者とは興味深い。むしろその医者を我が家へとご紹介いただけないだろうか?」


「そうね。相手があることだから……医者がいいと言えば、教えて差し上げるわ」


 そのお医者さまが存在しているといいのですが。

 いいえ、むしろいない方が、その方を困らせることなく済んでよろしいのかもしれませんね。


「それで私の妻への話とは?」


 旦那さま、我慢が出来なくなっていませんか?

 早く話せという苛立ちがそのお声にしっかりと滲んでおりましたよ?


「侯爵領のお話ですのよ。ですから婿殿には外していただきたかったのですけれど」


「私のことは身内と思って話していただいて構いません。私が妻の話を他家へと漏らすようなことは決してありませんから」


 席を外せとはっきり言われておりますのに。

 お強いです、旦那さま。さすが、素敵です。


 侯爵夫人は笑顔ではありましたけれど、唇の端が震えておりました。


「では婿殿も聞いていらして。わたくしの娘は嫌がるかもしれませんけれどね。ねぇ、リーチェ?」


 ねぇと言われましても。


「相変わらず察しの悪い子だわ。少しは結婚して変わったかと思えば……。あなたのせいで色々と困っているのよ。分かるでしょう?」


「申し訳ありませんが。何のお話でございましょう?」


 私もはっきりとお伝えしましたところ、侯爵夫人の笑みは瞬く間に崩れてしまいました。

 旦那さまの前ですのに、よろしいのですか?


「相変わらず想像力も足りていないのね」


 旦那さま、まだ押さえてくださいませ。

 あと少しですからね。


「成長がなく申し訳ありませんが。分かりませんので、どうか教えていただけませんか?」


「あなたがしていた仕事の話よ。あれこれと手を出して、余計なことをしてくれたおかげで、大変なことになっているの。責任を取ってくれるわね?」


「責任と仰いましても……。辺境伯夫人として他家のお仕事に手を出すわけにはまいりません」


「どこに嫁いでもあなたはわたくしの娘よ。そうでしょう?」


 言葉に詰まり上手く演じることが出来なくなりました。

 はい、そうですね、いつまでもあなたの娘です、とは言いたくなかったのです。


 なのに侯爵夫人は繰り返します。


「あなたは今もわたくしの娘なのよ?分かるわね?」


 そうですね、分かります、とでも言えば満足されることでしょう。

 けれどもどうしても……。


 今だからこそ私は、この人の娘であると口に出して言いたくはありませんでした。

 話を円滑に聞き出すためにも、ここは同意しておいた方がいいと分かっておりましたのに。





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