辺境伯
「あの、辺境伯殿でよろしいですか?」
旦那さまが反応しなかったものですから、弟は私が誰と一緒にいるかを疑い始めたようです。
私は焦って旦那さまのお顔を見上げます。
えぇ、旦那さまに失礼という意味もありますが。
ここがどこかと考えますと、疑いを持ったと知られるだけで大変なことになりかねません。
目が合えば通じたようで、旦那さまは一度頷くと、今度は弟に名乗り、貴族らしい挨拶を交わしました。
これで弟とは普通に会話をすることが出来ます。
貴族は知らない貴族とは話せないのです。
けれども弟はまた余計なことを言いました。
「愚姉が嫁ぎ、ご迷惑をお掛けしていることでしょう。大変に申し訳ありません」
マナーとして悪いことではありませんし、家族ならあえてへりくだってこういった表現を選ぶこともあるでしょう。
ですから弟は殊勝に謝りました。
けれどもそれは旦那さまには大変よろしくない結果を生むことになります。
そう断言出来てしまう私は自惚れているのでしょうか?
ですが旦那さまは私の予想した通りに怒ってくださいました。
いいえ、予想以上に怒っていらっしゃるかも?
私はもっと自惚れてもいいのでしょうか?
「私に謝る必要はどこにもない。最高の妻を得られたことだけは、感謝しているからな。こちらから礼をしたいところだった」
言葉を強調している意味が、弟に正しく伝わっていたかどうか。
それは大変怪しいものだと感じていましたが。
「そ、そうですか。それならば良かったです……」
やはり伝わってはいなかったのでしょう。
顔を引き攣らせて言った弟は、私に視線を移すと鋭い目付きに変わりました。
近くで旦那さまも見ているのですよ?
「私の妻に何か?」
旦那さまのお声がぴりっと張りつめたものに変われば、弟もさすがに察したようです。
「い、いえ。久しぶりに会ったものですから。ただ姉が懐かしく見てしまったのです」
「そうよ、お姉さま。久しぶりに会ったんだから。家に帰って来るわね?」
「お前は黙っていなさい。今日はおとなしくしているように言っただろう?」
「何よ、お兄さま。お兄さまだって、これを家に連れて帰ると言っていたじゃないの。それよりねぇお義兄さま、お姉さまの前だからって気にしないでよろしいのですよ?お姉さまが嫁いできてからずっとお困りでしたでしょう?」
二人で今日は貴族らしく頑張ろうねと話しておりましたのに。
ぎゅうっと眉間に皺を寄せ、不快だと誰が見ても分かるお顔になった旦那さま。
そんな旦那さまにまだ笑顔を向けられる妹は、大分強い子なのかもしれません。
旦那さま、旦那さま。
久しぶりの王都ですよ。
旦那さま。私は大丈夫ですから。ね?
どうかここは旦那さまに失礼をした分だけにしておいてくださいませ。
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