理由


「もう正直になられて、お義兄さま。わたくしがお助けして差し上げるわ。お姉さまと離縁してわたくしと──「断る」」


 もう聞いてはいられぬと、旦那さまははっきりと大きな声を出し、妹の言葉を遮りました。

 そしてこの子と話すつもりはないと、弟へと問い掛けます。


「侯爵家は、私に愛しい妻との離縁を望んでいるということか?」


 旦那さまのお強い言葉に、弟は真っ青になりました。

 妹の発言の意味を分かっているのでしたら、もっと早くに止めて欲しかったものですが。


「え、いえ。違うのです。これはただ妹が久しぶりに会った姉を恋しく想い「お姉さまを恋しく思うはずが」うるさい。お前は黙っていろ。と、とにかく。我が家としての総意などでは決してございませんので」


「お兄さま、どうしてそんな風に気を遣っているのよ?お姉さまの夫よ?それに辺境伯なのでしょう?お兄さまの方がずっと身分が高──」


 口を押さえられた妹は、まだ何か喚きたそうにしていました。

 弟の手を剥がそうと綺麗に磨かれた爪先をその手に喰い込ませていたので、弟の顔がすっかり歪み、見ているこちらもはらはらとしてきます。


 早くこの場を切り上げたくなりますね。


 弟も同じ想いがあるのでしょうか。

 これ以上は何も話すな。次に発言をしたら連れ帰るからな。と妹によく言い聞かせてから、手を離しておりました。

 妹は大きく息を吸い込んでおりましたが、私には弟の方が解放されたように見えます。


「失礼しました。妹は久しぶりに姉と会えたことで、少々興奮してしまったようで。ですがお姉さま、我が家には来ていただけますね?」


「ここで君に約束することではなかろう」


 弟は押し黙ってしまいました。

 妹とは違い、自分の立場を把握出来ているようで、私はまた少し安心します。


「侯爵と夫人はどうされている?」


 せっかく会ってしまったのですから、弟には事情を聞いておこうと考えてはおりました。

 けれどもこんな場所ですから、聞くべきか、もし聞くならばどんな言葉を選べばいいか。

 そのように悩んでおりました私ですけれど。



 旦那さまは得意気なお顔で私に笑い掛けてきました。


 何でもお見通しだというそのお顔。

 これもまたとても素敵で大好きです。


 ふふ。もう気持ちが伝わったみたい。

 耳が真っ赤だわ。


「父はこの場にいるはずですが。ご連絡した通り、母はベッドから起き上がることも出来ない状態なので」


 いいえ、確かに手紙は届きましたけれど。

 そのように書かれてはおりませんでしたよ?


 弟は知らないのでしょうか?


「体調が悪いとしか聞いていないが」


「え?あぁ、えぇと……父が困らせてはならないと仔細知らせることを躊躇ったのかもしれませんね」


 そのような気遣いをする父だったでしょうか?


「それで……母の状態なのですが。姉が遠く離れた場所に嫁いでしまったことに心を病み、それで身体も弱くなったのではないかというのが医者の見解でした」


 はい?


 私のせい?



 驚きのあまり、私はすぐに旦那さまを見上げてしまったのでした。

 すると旦那さまもまた、同じように驚いたお顔をして私を見ていました。






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