不在


 手紙を受け取ってから、もう半年も過ぎています。

 私たちが領地を出たあとのことは分かりませんが、知る限りは特に催促もなかったので、旦那さまはお返事をしませんでした。


 返事を出さないことについては、貴族としては褒められたことではありません。

 けれども内容が内容でしたから、こちらが受領した通知は届いているはずなので、それだけで済ませることにしたのです。

 これは相手に合わせることでもありました。


 父の名で書かれたその手紙には、季節の挨拶と共にただ『妻の体調が良くない』と。

 それで顔を見たいとか、会いに来て欲しいとか、援助を望むだとか、そういった要望は何一つ記されておりませんでした。


 どうしてあの父が急に手紙など書いて寄越したのか。

 それは今でも分からないことです。


 ですから真意を確かめようと、王都にやって来たわけなのですが……。



 事前に王都の邸の者たちが情報を集めてくれていました。

 それによりますと、確かにしばらく社交の場には出ていなかったようです。


 そして今日の舞踏会にも参加していないのだと思います。

 こういった場では常に弟の側に付き添っていた人でしたから、ここで姿が見えなければ来ていないのではないかと。


「辺境伯殿ですね?ご挨拶をさせていただいてよろしいでしょうか?」


 まだ弟はただの貴族の息子。


 ですから本来ならば、弟から旦那さまに話し掛けることはマナー違反となります。

 貴族においては初対面の場合に必ず上の者から声を掛け話し始める決まりがあるからです。


 次期当主として学んでいる弟ですから、これを知らないはずはありません。

 ですから相手の身分が上であっても、妻の弟だから許されると安易に考えたのだと思います。


 それはきっと普通の家族間ならば、快く認められることもあるのでしょう。

 ですから弟の対応はマナー違反と言い切りにくいところです。


 勝手に挨拶を始めなかったことについても、及第点をあげられるかもしれません。



 とはいえ。

 その前に話し掛けてきた妹が酷いものでしたから、比較をすれば誰のマナーもこの場では認めてしまいそうだなと感じるところもありました。



 なんて、評価している私に、自分も変わらないのではないかと気付き、私は少し悲しくなってしまいました。


『あの子のようになってはいけませんよ』


 あの人は常に弟と妹に言い聞かせておりました。

 特に妹には『あの子のような娘にはならないように』と口酸っぱく繰り返していたものです。


 そしていつも私と妹を比較していました。


 たとえばそれは、今日のように王家主催の会に共に参加したあとにも。

 私のマナーのどこが良くなかったか、帰宅後に留守番をしていた妹に散々言って聞かせたのち、今度は妹のどこが優れているかを私のだめなところと比べながらあげていくのです。


 それが私の中に今でも残っていたと思うと、また落ち込んできました。


「どうした?辛くなったか?ここで切り捨ててやってもいい」


 前半のお言葉は嬉しかったのですが、後半から急に旦那さまが不穏な空気を醸し出しておりますので、私は慌てて首を振りました。


「いいえ。誰とも比較せずに、旦那さまをありのままに愛したいと考えておりました」


「……そうか」


 耳がもう真っ赤です。

 良かった。旦那様の纏う空気が柔らかくなっています。


 もう大丈夫ですね?



 私は改めて弟と妹を眺めました。

 弟はなんとかなっているとして、妹のことです。


 あの言葉を真に受けた妹は、マナーどころかすべての勉学を拒絶するように成長していきました。


『お姉さまみたいになりたくないもの。同じお勉強は出来ないわ』


 そう言えば、すべて許されてしまったのです。


『お姉さまとは違って、わたくしは愛されているからいいのよ』


 はたして妹は愛情深く育てられていたと言えるものなのでしょうか。


 今の私には、妹が愛されていたとはとても思えません。



 そんな妹も三年経ち、少しは勉強をするように変わっているのかもしれませんが。

 幼い頃から学んで来た方々から後れを取ってしまうのは自然なこと。

 今日のことで、この年齢でまだマナーを身に付けていない令嬢だという認識が広まるでしょう。

 貴族の口は案外と軽いものですから、妹の今後をどのように考えているのか、それを想いますと、やはり私は妹が愛されているとは、とても思えなくなるのでした。



 家族を持った今だからこそ、実家の異常性が理解出来るようになっています。




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