婿
旦那さまと侯爵夫人がやっと挨拶を交わしました。
これはとてもおかしいことです。
貴族というのは、結婚前に家同士の顔合わせの機会を作るもので、私たちにはそれがありませんでした。
旦那さまと父は、以前から顔見知りであったようですが、それも辺境伯と侯爵というお立場あってのこと。
私たちの結婚には何ら関係のない場で知り合っただけだそうで。
そうして私はどなたとの挨拶もしないままに、見ず知らずの人しかいない辺境伯領へと一人旅立ち、結婚することになりました。
そのことについては、さすがに負い目を感じていらっしゃったのでしょうか。
「夫が特殊な仕事をしておりますでしょう?わたくしたちは易々とは王都を離れられないものですからね。やっとご挨拶が叶って嬉しく思うわ」
「我が家も同じく、国境を守る者として領地を安易に離れることは叶いませんからね。それに私も妻も常々領地を離れがたく思っておりますし。陛下の呼び出しがあって今回は仕方なく王都に来た次第ですが。こうして侯爵夫人にお会いする機会を今さらに得られたことは嬉しく思います」
旦那さま、好青年らしさが抜けてきたように感じるのですが。
それに聞いておられる方々もいらっしゃいますよ?
私と目を合わせないようにしている旦那さまは、さらに侯爵夫人へと問い掛けます。
「ところで侯爵はどうされている?約束をしたのだが?」
その自然な言い方に、私は凄いと感動していました。
私には壁際の方々が気になって、上手く発言出来る気がいたしません。
「忙しくて遅れるそうよ。夫は大臣ですもの、ご理解いただけますわね?」
「そうでしたか。ではしばし待たせていただきたい」
「遠くからいらしてお疲れでしょう?こちらでどうぞごゆっくりお過ごしくださいな。その間、娘はお借りしますわね?」
「お断りします」
旦那さまの返答があまりに早く、侯爵夫人も若干たじろいでいるようでした。
「まぁ、どうしてかしら?」
「妻と一時も離れたくないもので。私の妻に何かご用があるならば、私も共にまいります」
「ご用だなんて。久しぶりに会った娘と親子水入らずで話したいと思っただけよ?」
「婿である私がいても親子水入らずですね?」
「まぁ、おほほ。婿殿はおもしろい方ですのね。リーチェ。話があるのよ。いらっしゃい」
「部屋を変えるのであれば、私も共に行きましょう」
私が口を挟む間もなく、旦那さまは早口で会話を続けてくださいました。
きっと私を心配してのことだと思います。
でも私は……何も感じておりませんでした。
会えばまた違うのではないかと自分でも少々心配をしておりましたが、完全にこれも杞憂だったよう。
「身内だけで話したいことがございますのよ。あら、ちょうど良かったわ」
ぱたぱたぱたという足音が聞こえ、思わず私の方が顔を顰めてしまいそうになりました。
その足音の主がすぐに誰か分かってしまうことには悲しいものです。
三年も過ぎておりますのにね。
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