舞踏会


「うそ」


 久しぶりの王都ではじめに耳にした生家の者からの言葉がそれでした。


 あまりに失礼な対応に、私は焦って旦那さまを見上げます。

 すると旦那さまは苦笑して首を振られたのです。


 あの子と旦那さまが顔を合わせたことはありませんでしたから、他の方々とはあまりに違うあの子の様子を見ただけで誰か分かってしまったのですね。


「君はもう私の妻だ。あれのために恥じることはない」


「はい。ですが失礼をしていることには申し訳ありません」


「謝らないでくれ。それに実物を確認出来て、かえって良かったと思っている」


 聞いた話で想像していたよりもずっと酷そうだな。

 旦那さまは小さなお声でそう言いましたが、私は頷くわけにもいかず、微笑むことに。


 私たちの微妙な空気を感じ取ってくれるような妹ではありませんでした。

 ここはお城の舞踏会の会場ですし、目立つことは避けておきたかったのですが。


 ただでさえ久しぶりに王都に出て来たということで、旦那さまには視線が集まっていたのです。


「こんなの聞いていないわ。悍ましい怪物のような男じゃなかったの?言ったのは誰よもう!妻を着飾る甲斐性もない男じゃなかったわけ?何あのドレス?田舎には流行遅れの拙いドレスしか売ってないのではなかったの?ふん、私が着たらもっと素敵になるわ。こんなことならわたくしが……そうよ、わたくしが。そうだわ、それがいいわ」


 独り言にしては、それはあまりに大きな声でした。


 妹の思考は大変読みやすいものです。

 それは姉妹だからではなく、旦那さまでも変わらないものでした。


 私の前では珍しく眉間に皺を寄せた旦那さまは、妹を無視して通り過ぎることに決めたようです。

 先から回していた私の腰をそっと押すようにして、行く先を示してくれました。


 そうして私たちが歩き出せば。


「待ちなさいよ、お姉さま!私を置いて、どこに行くわけ?」


 貴族令嬢は声を張り上げることを恥としています。

 どんなときでも冷静沈着、笑みを浮かべて、穏やかに対応することが理想的な振舞いなのです。

 ですから大声を出すなんて、それこそ命の危機にあるような、緊迫した事態に限られる特別な行いなのですけれど。


 周囲の目が一斉にこちらに向きました。

 妹はこの視線を感じていないのでしょうか?





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