居場所


 顔を真っ赤にしたまま、侯爵夫人は叫びます。


「わたくしの子どもでなくなってどうするつもりよ!困るのはあなたなのよ!」


 結婚して家を出た今、私が困ることはあるのでしょうか?


「あなたはどこに戻るつもりなの?どうせわたくしの元にしか居場所がないでしょう?今すぐにわたくしに、この母に謝りなさい!」


 侯爵夫人の元にしか居場所がない?

 結婚して他家に嫁いだ私に、何を言いたいのでしょうか?


「分からない子ね!離縁した後はどうするつもりよ!」


「は?」

「はい?」


 今度は声が重なりました。

 まだ少しだけ旦那さまのご反応が早かったかもしれません。

 さすが日々鍛えていらっしゃる方ですね。素敵です旦那さま。


 そして今までよく耐えてくださいましたね、旦那さま。

 途中でどれだけ話を遮りたかったことでしょうか。


 逆だとしたら、私は怒って発言を止めておりますもの。


「まだ分からないというの?あなたがそこまでお勉強していないとは思わなかったわ」


 興奮の様子が、危険だと感じるほどに変わりました。

 本当に倒れてしまうのではないかという心配も生じます。


 この心配は、辺境伯家を想ったもの。


 私たちのせいで倒れたと騒がれますと、また面倒なことになりそうですからね。


 あぁでも今日は証人の方々がおりましたね。

 ではそんな心配も必要なかったでしょうか。


「あなたたちはもう三年も過ぎているじゃないの。あと二年なんてすぐなのよ?」


 あと二年?

 二年後に何かありましたでしょうか?


「あなただって、妻を変えるなら早い方がよろしいのではなくて?」


 侯爵夫人は旦那さまへと言いました。

 旦那さまがここにいることは認識されての、これまでのご発言だったのですね。


 侯爵夫人にとって辺境伯とはどのような存在かと、やはり気になってしまいます。


「早い方がいいだと?お前は何を言っているんだ?」


「若い娘の方がいいに決まっているでしょう?婿殿が気遣われずに済むようにと、こちらから若い方の娘はどうかと提案して差し上げましたのに。喜んでいただきたいものだわ」


「意味が分からん。リーチェがいるのに、何故私がそこの小娘に喜ばねばならんのだ」


 本当に何を言っているのでしょうか?

 あと二年すれば結婚して五年……え、もしかして?

 いえ、それはまさか。


「辺境にいると貴族の常識も学べないのね?野蛮な家はこれだから嫌なのよ」


「娘との離縁を促し、下の娘との再婚をすすめることが、貴族の常識とでも言う気か?」


「本当に知らないのね。ならば教えて差し上げるわ!結婚して五年子がいなければ、貴族は離縁して次を探す決まりなのよ」


 侯爵夫人の言い方は間違っています。


 必ずそうするという決まりはありません。

 五年子がなければ、離縁の理由にはなる、というだけのこと。


 でもそんなことより……。


 私たちは自然に顔を見合わせ、そしてまた自然に壁際へと視線を向けて。


 そこには口元を押さえる従者が一名。


 あのう……そのご反応はどちらでしょう?


 妻への連絡を怠った?

 ご自身も知らなかった?



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