回収


 私は焦ってお隣に座る旦那さまを見上げました。


 あら、旦那さま?


 そのお顔は知っていらしたのですね、旦那さま?


 どうして事前に教えてくださらなかったのですか?


 その子どものようにお困りになられているお顔も素敵ですけれど。


 いいえ、今回は忘れません。

 あとで邸に戻ったら、よくお話を聞かせてくださいませ。


 怒った顔も可愛い?

 まぁ、今はそれどころではありませんのに。


 ……旦那さまの照れたお顔も素敵ですけれど。



「うんうん、何度見てもこれは素晴らしいものだ。なぁ、息子よ」


「正直辺境伯夫人でなければ部下に欲しいところですね」


「そうだな。ちょうど大臣の席が空くのだが」


「辺境伯夫人ですよ?」


「うむ。では臨時職として雇用するか?年の半分くらいは王都にいるということでどうだ?」


「あえて私からは止めませんね」


「いやそこは止めろ」


「喜んで差し出しましょう」


「貢ぎ物のように言うな」



 お話し声がしてそちらを見れば。


 私の作った引継ぎ書を開いた陛下が、じっくりとその内容を見定めておりました。

 しかも殿下までそれを横から覗き込んでいらっしゃったのです。


 わ、わ、わ……。

 どうしましょう。


 そんなつもりで書いたものではないのですが。


 恥ずかしいやら、畏れ多いやら。

 誤字がないかしら。もっと読みやすく書けば良かったのでは。


 色んな想いで心がいっぱいだった私は、眩暈を起こしそうになっていました。


 旦那さまが心配そうに私の背中を撫でてくださっていたので、なんとか正気を保つことは出来ていたと思います。


 妻は渡さんし、王都にも二度と来ない!

 そう吠えるように言ったお姿も素敵です、旦那さま。


 私から妻を奪うなら戦争だ!

 ふふ。なんて勇ましいお姿なのでしょうか。

 もう不敬については考えないようにしておきますね。


 ですから私の引継ぎ書も……これでいいことにしておきます。



「侯爵もよく読んでみるといい。それから改めてこの件について話してくれ」


 私が回収したかったそれは、父の手へと渡ってしまいました。


 大丈夫、最後には回収する?

 私が書いたものはすべて旦那さまのものだから?


 あの、旦那さま?

 視線がワゴンへと向かいましたが。


 まさかとは思いますが。

 引継ぎ書だけでなく、そちらにある書類のすべてを持ち帰るつもりではありませんね?


 旦那さま?

 目を逸らしましたけれど旦那さま?


 あちらは侯爵家が提出した書類ですよ?

 それに王家の方々にすでに受領いただいているものですからね?


 旦那さまのものにはなりません。


 どうしても?

 いいえ、駄目です。旦那さま。


 さすがにそれはいけません!めっです。


 そのようにお耳を赤くされましても、許すわけにはいかないのですよ。めっ!




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