思惑


 それでもきっとこれは父が考えていたことだろう。

 そのように私にも分かる部分はありました。


 宣言通りに侯爵領を一年で立て直した父は、その後に親戚に爵位を譲ると、侯爵家からも除籍の手続きを行って、貴族ではない身の上で辺境伯領へとやって来ました。


 それからは辺境伯夫人への狼藉を償う形で、ほとんど報酬を受け取らずに辺境伯領のためにと働いてくれています。


 これは間違いなく、父が考えた筋書き通りの展開でしょう。



 あの日、私に手を上げようとしたことも、その一手だったというわけです。


 旦那さまが軽々止められることを見越してあげたあの手のおかげで、父が貴族でなくなったあとにも、私個人を問題を起こした侯爵家と同一視する方は少なく、貴族社会での評価が落ちたという実感を私は知らずに済みました。

 そもそも私たちは辺境伯領にいるので、社交の場にはそう出ませんし、私自身が困ることはありませんけれど。

 それでも評判が下がるというのは、旦那さまや子どもたちにも影響することですから、避けた方がよろしいでしょう?


 父が凄いなと思ったのは、王都での私の噂がここで終わらなかったこと。


 そんな酷い父親を領地に受け入れる慈悲深い優しき夫人、という飛躍したお話まで付いてきて。

 私が嫁いでから侯爵家の問題が発覚したこともあり、辺境伯夫人はとても優秀だった、さすがはあの女傑の孫、というむしろ私の評価が上がるようなお話まで囁かれているのだとか。


 王都に残るあの人が耳にしないかと、冷や冷やするところではありますね。




 そして私にも大きな変化が。

 これまでのことを水に流しましょうと娘としての優しい気持ちが芽生えたわけではありません。


 けれども私の中にあった両親に対する捉え方が変わりつつあるのです。


 父に関しては、仕事で関わることが増えた影響が大きいでしょう。

 さすがは長く大臣をされていた方だと、その見識の深さや手腕には、尊敬の念を抱かずにはいられず。

 こちらが報酬を払いたくなるほどの功績をこの短い期間だけでも数多く辺境伯領へと与えてくださいまして。


 かつては何も知らなかった人を知ることで、こんなにも変わっていくのかと思うと同時に。

 あの人のことを想像する機会も増えたのです。


 とはいっても、今は病んで話をすることもままならない相手ですから。

 結局は父と二人で、あの人について想像しながらあれこれと話すだけに終わるのですけれど。


 あの人は公爵令嬢であったこともあり、身分制度における不満のはけ口にされていたのではないか。

 これが父の予想でした。


 自分より高い身分にある人をどうにか貶めたいという欲を持っている人たちが世の中にはいるそうなのです。

 社交に疎い私にはまだ分からないことでもありますが、あの人が苦労をしてきたのだなという点だけは少しだけ理解出来ました。


 でも私がそのように父と話していると、いつもあることが不思議に感じます。

 人の機微にまで理解ある父ですのに、どうして母をあれだけ長く放置出来ていたのかな?と。


 父に聞くと、落ち込んでがっくりと項垂れてしまうので、時々しか聞かないことにしているのですが。

 何度も同じことを繰り返して聞くなんて、意地悪な娘ですよね?


 でも旦那さまが、もっと言ってやれと、これまたちょっと意地悪く笑うのです。

 それがまた可愛らしくてそのお顔を見たくて……つい父に意地悪なことを言ってしまいます。


 ごめんなさい、お父さま。

 私はこんな娘だったのですよ。


 知らなかったでしょう?







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