親子
「だめだ。すぐに帰ろう」
旦那さまがそう言って、私の腰に添えた手を動かそうとしたときでした。
「ふむ。可愛らしいお嬢さ……そう睨むな。可憐なご夫人だったものだからついな。ふむふむ。息子がデレデレだという話は聞いていたが、これは聞いた以上か」
陛下が私を見てそう仰ったのです。
これはお声掛けをいただいたことになるのでしょうか?
するとこの場合はどのようにお答えすれば……。
と悩む間もなく。
旦那さまはぎゅっと私を抱き締めるようにして、陛下から私を隠してしまいました。
あの、旦那さま?
陛下の御前なのですが?
「ははは。これは聞いた以上に違いない」
「……父上め。陛下、父の戯言はどうかお忘れください」
「いやぁ、忘れないよ。今日のこともこの目に刻んでおくつもりだ」
「私のことは構いませんが。妻については刻まれては困りますね。その目を潰さなければならなくなりますので、私の妻の記憶はこの場で一切を消し去っていただきたい」
陛下の記憶の片隅に残ることも恥ずかしい存在だったでしょうか。
なんとか隙間から旦那さまを見上げますと、こちらを見て首を振るのでした。
その真剣なお顔も素敵です、旦那さま。
私はこれを目に刻んでおきましょうか。
あぁ、でも。
そろそろ力を緩めてくださると有難いのですが、旦那さま。
あら、またこちらを見な……むぎゅ。何も見えません。
「はははは。予想を超えてくるな。いや、君の父親も似たようなものだったが。はは。血は争えんということだね」
「父上」
ぴしゃりと窘めるような殿下のお声を聴いて。
また私は不敬にも、陛下の方が子どものようだと感じてしまったのです。
「あぁ、そうだな。それはあまりに失礼だったね。どうやら夫人は、生家のご家族とは似ているところがどこにもないようだ。いやぁ、親子もそれぞれ。なぁ、息子よ」
「えぇ、父上と似ていると言われますと虫唾が走りますので争えない血は勘弁願いたいものです」
お二人の姿は見えませんが。
なんだか凄い会話を耳にしているような……。
「ははは。言うようになったものだ。さて、侯爵。罷免の話は追って沙汰を出すが、この城で暴力はいただけん。その件についてはどう弁明する?」
「それについては申し訳ありません。しかしながら我が家の罪人が平然とした顔で現われたものですから。不肖ながら場も弁えず興奮してしまったようです」
私の父は興奮すると手が出る男性だったのですね。
これも知らない情報でした。
本当に父のことは何も知らなかったので。
「罪人とはよく言ったものだよ。まったくこれで大臣とは。すまないが辺境伯よ。しばし付き合ってくれるね?」
「……不本意ながら仰せのままに」
少しは取り繕わなくても平気なのですか、旦那さま?
「うん、君は正直でとてもいいね。夫人も苦労をされような」
ここでは私の常識は通用しないようです。
お褒めの言葉をいただきましたね、旦那さま。
さすが、旦那さま。素敵です。
え?私が苦労ですか?
何の苦労でしょう?
「では皆着席して。ほらほら威嚇はもういいから、夫人を座らせてやりなさいな。うむ、資料をここに頼むよ」
え?このお部屋で?
え?同じ卓を囲んでお話しするのですか?
旦那さまと父は分かりますが。
陛下と殿下も?
困惑していた私でしたが。
旦那さまのお強くも優しい力で、いつの間にか旦那さまのお隣にぴったりと密着して座っているのでした。
そうしてご挨拶も叶わずに、話が始まってしまいます。
私は今度こそ学んできたマナーを忘れることが出来ました。
この場はこれでいいのだと思えてきたからです。
それも旦那さまが隣にいらっしゃるからでしょうか?
私が見れば、だいたいはこちらを見ている旦那さまです。
今度はしっかりと目を合わせることが出来ました。
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