歳月
季節の巡りは早いもので、樹々の葉が色付き、辺境伯領もすっかり秋めいてまいりました。
私は今日も、当主夫人として代官所の様子を見に来ています。
こちらには領都の代官を筆頭に事務処理を担ってくれる多くの補佐官が日々領地のためにと働いてくれているのです。
そうしていつも通りの確認を終えたあとには、最後に彼らの居場所を教えて貰います。
いつものことですから、今では流れ作業のようにこちらから聞く前に代官が教えてくださるのです。
今日は帰宅前に書庫へと寄ることになりました。
「姉上!」
まだ補佐官の見習いでしかない弟は、書類整理を頑張っているところでした。
早く自分で書類を書けるようになることが、今の目標だとか。
彼の指導役の補佐官からは、身内の私への配慮もありましょうけれど、大変優秀で将来を期待していますと言っていただけて、私も嬉しくなったものです。
「お身体は大丈夫ですか?」
「えぇとても元気ですよ。ノエルは大丈夫?」
「元気いっぱいですよ。昔と違って三食きちんと食堂で時間を取って頂いておりますし。寝る時間も十分にありますからね。皆様が丁寧に教えてくださるので、仕事が心配で寝られないという日もないのです」
かつては寝る間も惜しんで、執務室に籠り、書類仕事に追われていた弟。
けれどもそれだけ時間を掛けても、分からないことばかりで。
それなのに頼りにしていた家令のアルバをはじめ、仕事に理解ある使用人は母親の命で次々と家からいなくなっていく。
甘やかしてくれていたはずの母親に泣き付けば、あなたは出来る子よ、娘に出来ていたことが息子であるあなたに出来ないはずがないわ、男は教わらなくても仕事が出来るものなのよ、若くして大臣になった優秀な人の子どもなの、そんな言葉が返って来るだけ。
母に言われるがまま引継ぎを拒絶したのは弟でしたけれど、その母に引継ぎ書まで捨てられてしまった。
父親に頼りたくても、父親には領地の話をしてはならない、忙しい父親の時間を奪うなと、また母親が止めてくる。
当時の弟はもうどうしていいか分からず、何もかも捨てて逃げたかったそうです。
妹がいたから、それは踏みとどまっていたのだとか。
そこが私と弟の違う点ですね。
弟は妹と距離が近かったこともあるかもしれませんが、私のようにあっさり出て行く薄情さを持てなかった優しい弟です。
それであの舞踏会のときには、弟は母の命じた通りに動きました。
母の思惑通り私が家に戻って来てくれたらという期待もあっての、あの振舞いで。
辺境伯相手に恐ろしかったでしょうに。
今となっては、よく頑張りましたね、とそう思います。努力の方向性はともかく。
その後、念願叶い父からの呼び出しを受けて、すべてを話して。
大事にしてくれていると信じていた母親のあの様子を見ているのは辛かったそうですが、終わった後にはとてもすっきりしてしまったのだとか。
そして私は、弟たちとこうして話すようになって、息子たちに重なる部分をよく見付けるようになりました。
そうすると、反省や後悔が押し寄せても来ます。
もっと早くに弟や妹を構えていたら、母の代わりにお世話を出来ていたら、何か違っていたのではないか。
姉として弟や妹を連れて家を出るべきだったのでは?
侯爵家の長女として、父に会えるよう、話をするよう、もっと働き掛けることも出来たのでは。
そうやって後悔と共に私が落ち込みますと。
当時の私に出来もしないことで悩んでも仕方がないと、旦那さまは仰います。
確かに当時の私には、どれも出来ないことでした。
親がどういう人たちだったかを知って、また子育てをしている私だからこそ、思えることばかり。
ですから私は、これからがもっと良くなるようにと、この子たちのためにも頑張りたいと思っています。
このように簡単に開き直る姉ですからね。
私はあの人が言っていたようにやっぱり冷たいのかも?
そうです、子育てと言えば……。
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