悪女


「よくも私の妻を殴ろうなどと……。殿下、これでは話が違いますね?悪いが領地に戻らせていただく」


 どうしたら止められるかと悩んでおりましたら、旦那さまが自ら終わりにしようと動いてくださいました。


 旦那さま、冷静になられたのですね?


「あー、うん。これは君を止められないな。ねぇ、侯爵。私も聞きたいのだけれど?今日は話を聞くだけではなかったのかな?どういうつもりなの?」


「そ、それは……殿下の御前で大変失礼とは思いますが。私は急ぎこれを裁かなければならないのです」


「は?リーチェを裁くだと?裁かれるのはお前たちだろうが!」


 あら?旦那さま?

 冷静になられたわけではなかったのですね。


「何を言うか。やはりあの子たちの言った通りだな。お前は辺境伯まで手玉に取って、我が家での罪から逃れようというのか」


「そこまでだ。私の妻を愚弄することは許さん」


「はっ。三年も共にいてそれか。まだあなたはお若いから人を見極める目が育っていないのだろう。これはもう我が家で罪人として裁かねばならぬ女。すまぬがそちらの家に迷惑を掛けるわけにもいかぬ。この場でそれとは離縁していただこう」


「分からないのはお前だ、侯爵!裁くのはリーチェからお前たちだろうが」


 なんでしょう。

 私の話をしているはずなのですけれど。


 二人の会話がよく頭に入って来ないのです。

 

 弟や妹も分からない話をしておりましたが。

 まさか父までとは思ってもみませんでした。

 その信じられない気持ちが強いせいなのでしょうか?



 このような状態では私はとても役に立てそうにありませんし、相手は侯爵。

 ここはもう旦那さまにすっかりお任せして……大変です!


 ぼんやりしていたために、旦那さまの素敵なご様子を見逃してしまったように思います。

 もう一度最初から見直したい……お二人ではじめからやり直していただけないでしょうか?


 旦那さまがお耳を赤くして首を振りました。


 そうですね、無理ですよね。

 とても残念です。


「この期に及んで我が目のまえで見詰め合うとは。若くして辺境伯となるほどの実力はあろうに。斯様に女に弱き者だったとは笑止千万。これでは国防が心配になってしまうな」


「何を言うか。私が弱いのはリーチェだけだ!」


 まぁ旦那さま。私に弱かったのですか?

 旦那さまの方が私よりもずっとお強いものだと思っておりましたのに。


 でもどの辺りで私より弱いと仰っているのでしょうか?

 力比べでは勝てるところがあるように思えませんが。


 今夜試してみましょう。


「そのようにすっかり悪女に騙されて。我が家だけでなく辺境伯家まで……。リーチェ、お前は何を望んでいるのだ?両家の没落か?我らが落ちた様を見て笑いたかったのか?」


 何かお答えした方がよろしいのでしょうか。

 すると旦那さまは長い腕を伸ばして私の腰を持つと、そのまま私の身体をきゅっと引き寄せました。


「私のリーチェが悪女だと……?」


 密着した旦那さまが驚きの声を上げていますが、私も驚きです。


 悪女……それは私のことなのでしょうか?

 でも旦那さまが騙されてくださるならそれもまた……なんて。


 ふと見上げた旦那さまのお耳はやはり赤かったです。


「悪女でなければなんだ!お前のせいで……お前のせいで!私は陛下を失望させてしまうところだったのだぞ!」


「もう失望しているよ。そして今、さらに失望したね」


 父の言葉から間を空けずに急に聴こえた新しい声に振り返れば、身なりからまた誰か想像出来る人が扉の側に立っていました。


 えぇと……旦那さま?

 どうして目をお逸らしになるのですか、旦那さま?


 あのぅ、旦那さま?

 これでは身動きが取れませんよ、旦那さま?




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